2016年11月17日木曜日

〇2012.3.31(土)奈良県宇陀市「惣社水分(そうじゃみくまり)神社」

〇宇陀市「惣社水分神社」を探訪したのは4年半前のこと。
この時の探訪記は→http://takashikun.blogspot.jp/2012/03/blog-post_7062.html
「宇太水分神社」探訪記は→http://takashikun.blogspot.jp/2012/03/blog-post_6738.html
↓国宝・宇太水分神社から数キロメートル離れた在所に惣社水分神社がある。






 ↓右・拝殿、左・神饌所
 拝殿
 ↓本殿を見る




 ↓宝物庫
 ↓神輿庫
↓惣社水分神社の重文神輿が宇太水分神社まで渡御してきたところ。


 ↑↓重要文化財の神輿 南北朝の頃に建造されたもので今から600年前のもの。保存がよく建造当初の姿をよく残しており、鳳凰も当初のもので全国にその類をみない鳳レンみこしである。鳳レン神輿とは、屋形の上に鳳凰を付けた御輿で、天皇の乗物の美称。秋祭り(10月21日)の「御渡り」には、このみこしを中心として時代行列を整え、古市場に鎮座する宇太水分神社へ渡る。古式豊かな祭礼の行列が延々と続く情景は、正に優雅な豪華絵巻を見る想いであり、近郷近在屈指のお祭りである。

2016年11月16日水曜日

〇2016-11-10(木)東叡山寛永寺「根本中堂」

〇将軍家霊廟・谷中墓地入口近くに根本中堂があった。根本中堂とは本堂の謂いで、延暦寺の本堂を根本中堂と云うのと同じ。共に天台宗。東叡山とは東の比叡山の謂い。
↓「東叡山・寛永寺」
 徳川幕府最後の将軍・徳川慶喜が朝敵とされてひたすら謹慎恭順の意を体して引き籠ったのは、ここ寛永寺だった。
 ↓根本中堂・本堂
 ↓本堂側面
 ↓右から鐘楼、虫塚、上野戦争碑記
 ↓「上野戦争碑記」
 ↓本堂境内の案内図。東京芸大の構内に釈迦堂(大黒天)があることになっている。上野動物園内に五重塔が取り残されたようなものかと、最後の探訪に赴くことに。
 ↓東京芸大音楽学部。門衛に訊いても、大黒天のことは聞いたことがないそう。
 ↓通りを挟んだ美術学部の門衛も、聞いたことがないという。
 どちらの門衛も口を揃えるようでは芸大構内に釈迦堂(大黒天)はないのだろう。念のため東京芸大構内図を当ってみたが、両学部のどこにも表示がない。
 ↓根本中堂内で300円で購入したパンフの山内図を見ると、左側中央に東京芸大美術学部があり、その構内の左下に確かに「護国院(釈迦堂)」がある。どうやら釈迦堂は芸大構内に隣接しているが構外にあるらしい。「護国院」は寛永寺の子院だという。塔頭寺院とは別ものか。寛永寺所属の伽藍と言っていいのか。もっとも建物は江戸時代から明治時代まで移転を重ねまた焼失して現在のものは明治以降の建造らしい。ここは探訪せずに済ましてよいか。それならボクの寛永寺探訪は満願となる。

〇因みに信州浅間山・鬼の押出の中に建つ「浅間山観音堂」も寛永寺別院。

ここは二度探訪済み。

2016年11月15日火曜日

〇2016-11-10(木)東叡山寛永寺・将軍家霊廟「重文・勅額門」二棟

〇両大師から右折し左折して5~600mは行くと、将軍家霊廟があり、重文の勅額門が二つ出現する。
 ↑↓重要文化財「厳有院殿(家綱)霊廟勅額門並びに水盤舎」


↑↓重要文化財「常憲院(綱吉)殿霊廟勅額門並びに水盤舎」



 ↓綱吉公御宝塔
 ↓吉宗公御宝塔
↓右・常憲院殿勅額門、左・水盤舎
 ↓重文・水盤舎


 ↑↓「天璋院篤姫・墓所」
〇将軍家霊廟の背後に、谷中の墓地が広がる。その広大な墓地は寛永寺の所管。寛永寺が今も大きな実力を有することが分った。

2016年11月14日月曜日

〇2016-11-10(木)上野公園・東叡山寛永寺探訪。輪王寺、開山堂(両大師)

〇JR上野駅公園口を出て北に数百メートル行くと、重文・寛永寺旧本坊門に行き着く。

 今は、東叡山輪王寺の門となっている
 ↓旧本坊門の左に、開山堂・両大師の門がある
  


 ↓両大師本堂
 ↓阿弥陀堂

 ↓鐘楼と手水舎
 本堂
 輪王寺との境界門
 これが、幸田露伴旧宅の門
 露伴旧宅の門を潜ると、先に見た重文・旧本坊門を内側から見る
 輪王殿

2016年11月12日土曜日

〇11月10日(木)上京した。翌日叙勲を受け皇居で天皇陛下に拝謁するため。午後のひと時、上野に出て寛永寺の文化財建物を探訪した。

〇上野の東叡山・寛永寺は散在して残っている。その全容を知るためには少しく勉強しないといけない。だから東京人は多分全容を知らない。田舎者のこのボクは普通の寺の大きめのもの位の考えで寛永寺の探訪を始めた。そして自分の無知を恥じ入った。寛永寺は江戸時代には上野の山全体を一纏めにして境内地とする大寺院だった。それが明治以降、上野の山が上野公園となり諸施設が整備されるにつれてズタズタに寸断され大方が接収され今では見る影がない。ボクがこれまでに寛永寺の残影として探訪しえていた堂塔伽藍は、清水観音堂・不忍池弁天堂、上野東照宮脇の五重塔(この塔は上野動物園内に位置し今は寛永寺のものではない)、上野大仏だった。その他の伽藍はその門前まで辿り着いたが、日暮れて門が閉ざされていた。その残りの伽藍を今回探訪しようとした。東叡山輪王寺の重文門、両大師(開山堂)、根本中堂、将軍家霊廟門、最後に東京芸大構内に在るという釈迦堂(大黒天)。前回の研究不足を反省して所在地の知識を増やして臨んだのが‥‥
★以下写真の掲載は後刻に

〇御無沙汰しておりました。2016.11.9(水)米大統領にトランプ氏が当選。意外

トランプ氏の当選をメディアのすべてが大番狂わせだと報ずる。当日東証も一気に900円下げた。だが果たしてそうか。翌日10日(木)叙勲を受けるためボクは妻と東京に出た。東京で、トランプが勝ちヒラリーが負けた事態をボクなりに分析してみた。トランプは勝つべくして勝った。アメリカが既に変質していた。メディアが変質に随いていけていなかっただけ。日本も、日米関係・世界情勢が既に変質していることに思いを致さねばならない。何よりも日本自体の体力・体質の変化が既に日本の政治家・経済人そして国民の意識を乗り越えて後ろに置き去りにしてしまっていることを。トランプの登場は他山の石ではない。東証は早速1000円、値を上げた。流石に分析が素早い。