↓拝殿
↓拝殿から本殿を見る
〇重文・本殿。瑞垣はボクの大好きなタイプ。本殿がすっきり拝観できる
↓摂社のアパート
2017年10月4日水曜日
2017年10月3日火曜日
〇10-1(日)大阪府池田市「久安寺」重文楼門
〇この寺は高野山真言宗の寺。亀岡から丹波の山を南に一直線に下って行くと平野部に下りる手前の山中にある。大寺
↓重文・楼門↓内側から見る
↓境内は緑の草木に覆われている
↓本坊
↓一寸法師のような弘法大師が岩の上に立っていた
↓御影堂(みえどう)。弘法大師の御影が祀られている
↓鐘つき堂
↓薬師堂
↓三十三所堂。西方33観音霊場の観音像が祀られていると思われる
↓本堂。重文・阿弥陀如来像が祀られている
↓本堂の背後
↓さらに奥に、地蔵堂
↓最奥に舎利殿涅槃堂
↓地蔵堂の傍に弁財天石像が立っている
弁財天像には奇怪で不気味なものが多いが、ここの弁財天像は美しい
2017年10月2日月曜日
〇9-30(土)大阪府高槻市「普門寺」重文方丈
〇枚方市から西進して高槻市に回った。「普門寺・重文方丈」探訪のため。
↓路地道の入り組んだ地域で発見しにくかったが、とにかく到達。臨済宗妙心寺派
↓拝観は「午後四時半迄」「要予約」 到着時刻は午後4時50分で閉門されていたボクはこの「要予約」と云うヤツが肌に合わず気に入らない。この寺を再訪することはないだろう
↓門から石畳道が続く。正面は庫裡だろう。隠元(いんげん)和尚が造ったという石畳道があるそうだが、これは違うだろう(風情がない)
↓掲げられていた案内板にあった重文方丈の写真
以下、Wikiの写真を拝借
↓重文・方丈
↓国指定名勝庭園
〇9-30(土)大阪府枚方市「厳島神社・末社春日神社本殿」
〇この案内札が立っていなければ、ボクはこの神社の探訪を断念していた。それほど隘路が入り組んだ土地にあった。
↓厳島神社らしい所に着いたが、駐車スペースが全然ない。駐車できる所を探し回る破目になったが、角を曲がるのに一々脱輪を心配せねばならぬ始末で、諦めかけたとき離れた地点に「崖下・駐車禁止」の立看があるスペースを発見。立看を隠すように駐車して重文を撮影に出る
↓厳島神社の拝殿↓厳島神社本殿
↓本社本殿の傍に末社春日神社らしきものがある。
〇案内書きは何もないが、これぞ末社春日神社本殿・重文だと確信
〇重文・春日神社本殿は、幕末の頃に奈良春日大社の旧殿を厳島神社本殿として譲受けた際、元の厳島神社本殿を移築したもの。建立年代については資料がなく明らかにし得ないが、建築様式から概ね室町時代中期から後期と推定される。
2017年10月1日日曜日
〇10-1(日)晴。重文探訪の旅は続く。池田市で二件、豊中市で一件、そして大阪城
〇「道の駅ガレリアかめおか」で起床したのが7時45分。車内でパンと牛乳で朝食後、国道423号線で一直線に南下して池田市を目指す。
①まだ山を下りきらない池田市の入口に「久安寺」があった。楼門が重文。草木が境内全域に繁茂ししかも綺麗に管理されている見事な寺院。古刹・大寺。高野山真言宗
②池田市街に「八坂神社」があった。本殿が重文。
③豊中市街に「原田神社」があった。本殿が重文。
④阪神高速に乗り梅田を経て「大阪城」に到着。駐車場を探すのに苦労。内堀に囲まれた区域だけでも重文建造物を訪ねて歩き回るのに疲れ果てた。往時の外堀で囲まれた区域にまで足を延ばすとなると到底一日や二日では回れない。秀吉が縄張りした大阪城の巨大さには舌を巻く。大手門を潜ったのは昼前だったのに、正面の桜門から本丸に入り天守閣を廻って背後の山里丸経由で城外に出たときはもう2時半近く。歩き疲れた。
〇大阪府下の重文虱潰し探訪の最後の一件、富田林市の重文は後日に残して帰路に着いた。七尾到着午後7時過ぎ。
①まだ山を下りきらない池田市の入口に「久安寺」があった。楼門が重文。草木が境内全域に繁茂ししかも綺麗に管理されている見事な寺院。古刹・大寺。高野山真言宗
②池田市街に「八坂神社」があった。本殿が重文。
③豊中市街に「原田神社」があった。本殿が重文。
④阪神高速に乗り梅田を経て「大阪城」に到着。駐車場を探すのに苦労。内堀に囲まれた区域だけでも重文建造物を訪ねて歩き回るのに疲れ果てた。往時の外堀で囲まれた区域にまで足を延ばすとなると到底一日や二日では回れない。秀吉が縄張りした大阪城の巨大さには舌を巻く。大手門を潜ったのは昼前だったのに、正面の桜門から本丸に入り天守閣を廻って背後の山里丸経由で城外に出たときはもう2時半近く。歩き疲れた。
〇大阪府下の重文虱潰し探訪の最後の一件、富田林市の重文は後日に残して帰路に着いた。七尾到着午後7時過ぎ。
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