2009/8/13(木)
旅程が(僕に無断で)大変更されていた。三女が15日午前中に中部国際空港から飛び立って札幌に戻ることになったので。今日(13日)は四国・坂出で宿泊。明日(14日)は伊勢街道の久居(ひさい)で泊まる。15日(土)は三女を空港で見送ったあと夫婦だけの旅になり伊那で宿泊。16日(日)に帰還。「しまなみ海道」はなし、南紀のパンダの楽園・那智の滝もなし。渋滞の中を殆どの時間ただハリアーに閉じ込められて過ごしそう。災難はやはりやって来る。
04:10、七尾発。
08:00、京都岡崎着。
京都から南下、名神高速道が西宮を頭に40km渋滞の表示を見て、下道(したみち)を高槻・茨木・箕面・池田・伊丹と山沿いルートで神戸に出た。途中箕面の大スーパーの駐車場でのこと、僕がカメラを提げて出ようとすると三女が「カメラを置いて出て(`´)、絶対(私を)写さないで<`ヘ´>」ときついお言葉。僕はこれを境目にむかっ腹をずっと立てている、家族の記念写真を残す楽しみがなければ誰がこんな雪隠詰め旅行に四日間も付き合うか(`´)!
神戸市街西端の須磨駅に到達したのが13:00。
須磨から明石海峡大橋の入口のある垂水区に至る間は山が海にせり出している。源平の《一の谷の合戦》があった所。この間が本格的な渋滞。垂水区にやっと辿り着き愈々明石海峡大橋に入った。
淡路島に上陸し「道の駅あわじ」で一服、僕はやっと外に出て念願の写真撮影。遺憾なことに明石大橋は靄の中。
明石蛸(多分)を食した。
洲本ICで降りて洲本市街地を見分して回った(僕の発案。三女は無意味だと不満顔)。想像よりも小さかった。都会と言うよりも田舎町。この小さな町の高校球児達が昭和28年春の選抜高校野球大会に初出場し鬼神に取り憑かれたように打ちまくりあれよあれよと言う間に全国制覇を果たしたとはちょっと信じ難い。
鳴門大橋を渡り四国に上陸。
高松自動車道を西進、斑(まだら)渋滞に遭いながら坂出へ。計画では高松で下りて有名な讃岐うどんを食する筈だったが、観光案内書に載っているうどん店はどこも早朝に営業開始し午後4時には閉店するらしいので断念。高松市街を通過中《屋島》を望見。これでも火山(粘着性のないドロドロの溶岩)。源平の《屋島の合戦》の舞台。
坂出到着は17:40。
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