↓城南宮一の鳥居。この宮はこれまで気になっていたが、未だ訪ねていなかった。
↓「城南離宮」
↑「城南宮 平安遷都の際、都の南に国の守護神として創建され、国常立命(くにのとこたちのみこと)・八千矛神(やちほこのかみ)・神功皇后をお祀りする。平安時代の末、この地に白河上皇によって城南離宮(鳥羽離宮)が造営されると一層崇められ‥た。また離宮は(天皇・上皇の)方違(かたたが)えの宿所や熊野詣の精進所(出立所)となり(白河・鳥羽・後白河・後鳥羽上皇の熊野御幸は合せて90余度を数えた)、方除(ほうよけ)の信仰が高まった。承久3年(1221)後鳥羽上皇が城南流鏑馬の武者揃えと称して兵を集め、鎌倉幕府との間で承久の乱が起きたことは名高い。‥‥慶應4年(1868)正月、城南宮に陣を構えた薩摩藩の大砲が轟き、鳥羽伏見の戦いが始まり、明治維新を迎えた。‥」
↓手水舎と絵馬殿↓絵馬殿
↓拝殿
↓祈祷所
↓祈祷所に向かって右にある神饌殿
↓本殿の屋根(最奥)
↓左端・本殿
↓以下、神苑(有料600円)
↓本殿の裏を通る
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