〇西行が最期を迎えた寺を再訪した。弘川寺。南河内の山中深くにある。《願わくは花の下にて春死なむその如月の望月の頃》 如月の望月の頃は陽暦に直せばまさに桜の花の季節だった。西行が歌に詠んだ通り花の下にて春死んだとの報は都をはじめ諸国の歌人の耳に伝わり感動を呼んだ。その舞台がここ弘川寺。
↓山門はない
↓大師堂
↓古い神社がある
↓本堂
↓本堂から境内を見る
↓「西行堂より西行墳」の石碑
↓西行堂への石段を昇りながら左手に本堂を見る
↓石段を昇る。息が切れる
↓西行堂
西行像だというんだが
↓西行堂の前の歌碑。《年たけてまた越ゆへしと思ひきや いのちなりけりさや(小夜)の中山》
↓西行堂を後にしてさらに昇る
〇小山の上に着いた。円墳がある。これが西行上人の墓
↓墓を側面から見る
↑↓ 『西行上人之墓』の文字が辛うじて読み取れる。西行を思慕してその墓の在り処を全国を股にかけて探し回った歌人僧「似雲(じうん)」が遂にこの小山の上に埋もれていたこの石碑を発見した。
↓その似雲の墓は小山の上の平地に、西行墓と対偶の位置にある。
↓西行桜が山全体に千本ほど植えられているそう。
↓こちら側には似雲の「花の庵跡」があるそう。
〇以下、小山の上に多数ある歌碑の中から西行・似雲の歌を刻んだものを集めた。
↓《仏には 桜の花を奉れ わが後の世を 人とぶらはば》
↑↓ 似雲法師の歌 『たつねえて 袖に涙のかかるかな 弘川寺に残るふる墳』
↓《願わくは花の下にて春死なむ その如月の望月の頃》
↓下る
↓本坊の方に行くと西行記念館がある。今は閉館中。
本坊
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