〇ここまで各神社で重文本殿にほぼ順調に拝観できてきた。というのに本日の最後の探訪地で酷い目に遭った。ここは宝塚市の市街地の中。
↓拝殿。境内の雰囲気・構成等から嫌なものを感じた
↓案の定、とんでもない覆い屋に迎えられた。この文化財拝観者に配慮のない無粋な建物の中に重文本殿がある
↓側面に、目の位置よりも高い所に(背伸びしても中が見えない)格子窓があったので覗いた。窓の下にブロックが積んで置かれていたのが、踏み台にせよというせめてもの好意か。
〇本殿は、一間社・隅木入春日造・軒唐破風付・檜皮葺。室町時代後期の建立だそう
2017年8月31日木曜日
〇8-17(木)兵庫県宝塚市波豆(はず)「八幡神社」重文本殿
〇この神社は宝塚市でも山中深くにある。
↓参道入口の鳥居。昔はここが表参道ではなかった。表参道は今は神戸の水がめと呼ばれるダム湖の底に村落と共に沈んでいる。
〇「当社本殿は杮葺・三間社・流造で、応永10年(1403)に再建されました‥‥」全国的に見て抜きん出て建立年代が古い。↓神戸の水がめの人造湖に沿って表参道が造られている
〇「重要文化財・応永大鳥居」
↓「この鳥居は室町時代の応永32年(1425)に、八幡神社参道入口に立てられた。‥‥。千刈水源池築造に際して原位置へ移された。‥‥」
↓拝殿
↓拝殿・右と本殿覆い屋・左
↓本殿覆い屋
〇重文・本殿
〇覆い屋もこのように本殿がよく見えるように造ってくれると有り難く嬉しくなる
〇8-17(木)兵庫県三田市大川瀬「住吉神社」重文本殿
〇三田市の農山村地域を走り辿り着いた
↓拝殿
〇重文本殿は、三間社流造・檜皮葺(ひわだぶき)。建立年には二説あって、文永2年(1265)説と、貞治4年(1365)説。どちらにしても抜きん出て古く全国的に見ても貴重。
舞殿は近世初期のもので、今は能楽堂となっているが、元来は拝殿。改造された。
〇本殿・重文
〇舞殿・兵庫県指定文化財。今は能楽堂。藩主も観能に訪れたという。今は10年毎に能楽が奉納される
↓長床・参集所
2017年8月30日水曜日
〇8-17(木)兵庫県三田市貴志「御霊(ごりょう)神社」重文本殿
〇三田(さんだ)市は極端な町。神戸市から六甲山を越えて大都市化の波に呑まれている地域と、田舎然とした昔ながらの農山村が背中合わせに共存している。背中合わせと云うのは伊達ではない。高層アパート(マンションというらしい)が群立しイオンを中心としたショッピングモールが都市的華やかさを演出する地域と田園風景が画然と隣接して存在しているのだ。都市計画課と農林課がつばぜり合いを演じているように見える。
御霊神社はまさにこの境目に存在している。高層ビルが林立する中に悠然と広大な社叢を有して鎮まっている。その広大さは只事ではない。
↓参道を見つけて喜んだが、これは裏参道であることが後で分った
↓本殿は、文明2年(1470)貴志の村人によって再建されたとある。15世紀の建立と云うのは古い↓本殿境内は一段高い
↓本殿に至る石段の前で振り返ると、表参道があった。奥行きもあるし、両翼も広い。その広大さはちょっと見当がつかない
↓拝殿
〇重文・本殿