〇伊須流伎比古神社←リンク
↓石動山登山口に立つ石碑
石碑の傍にある二宮バス停。石動山頂の伊須流伎比古神社は能登二宮(因みに能登一宮は羽咋市・気多大社)。バス停から少し山側に行くと「天日陰(あまひかげ)神社」がある。この神社を能登二宮に比定する説もある。が、この神社は、伊須流伎比古神社の里宮的なものであろう。
↓最近復元された「大宮坊」
復元された書院
↓大宮坊本堂の基礎遺跡
↓本堂遺跡の裏手にある証誠殿(しょうじょうでん)跡遺跡
庭園跡。手前右が本堂跡。
大宮坊の右手にある石段。
↓石動山資料館
明治維新まで・山頂に神輿が五基あったそう。
↓伊須流伎比古神社入口石段
↓講堂跡
鳥居を潜った広場に講堂があった。
↓鐘楼跡
拝殿に向かう
宝蔵堂か。
イワシガ池・雨乞池・閼伽池
雨乞所跡
↓拝殿。この建物は昔、五基の神輿を収蔵する神輿堂だったそう。それを移築した。
礎石遺跡から見て、焼討に遭う前はひと回り大きな拝殿が建っていたらしい。
「伊須流伎比古神社」
↓本殿。焼討に遭って全山焼亡した後・前田利家によつて山頂・大御前に建てられたお堂をここに本殿として移築したそう。
↓経蔵跡
↓大師堂跡
↓五重塔跡
↓多宝塔跡
↓籠り堂跡。修験者が峰回行の修行に入る前に籠って身を清めたお堂があった。
↓開山堂跡。役の行者を祀ってあったか・白山を開いた泰澄を祀ってあったか明らかでない。
明治維新の廃仏毀釈の嵐の中、金130円で売却され、今は氷見市中田の道神社の拝殿となっている。
↓山頂へ
↓梅の宮跡
左すれば、山頂・大御前。
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