〇大宇陀・榛原を通過して宇陀路を北東に名張を目指すと、途中に室生寺に行く道が分岐する。ボクは久し振りに室生寺を訪れた。
↓「女人高野室生寺」の石碑
↓護摩堂
↓楼門
楼門を潜った。
↓国宝・金堂へ。
国宝・金堂。中に国宝仏像二体・重文仏像三体が並んで立っており、その前に重文十二神将像が躍動して並んでいる。圧巻。冒頭の写真の国宝・十一面観音立像もここに居られる。この日は、外一体と共に修復に出されていて不在。
↓国宝・釈迦如来立像
↓国宝・十一面観音立像
↓国宝・釈迦如来坐像
↓重文・弥勒菩薩立像
↓金堂の横。新緑。
↓放生池越しに見る灌頂堂・国宝。
国宝・灌頂堂。本尊は重文如意輪観音菩薩坐像。
↓重文・如意輪観音坐像
↓国宝・五重塔
↓奥ノ院に登る石段。これが長くてきつい。
新緑の中の国宝・灌頂堂
↓新緑の中の国宝・金堂。
〇この後、名張を経由し、北上して伊賀上野盆地に出、東進して鈴鹿峠を越えて伊勢国に出た。鈴鹿・四日市・桑名と経由し、伊勢街道を北上して関ヶ原・不破の関に至った。以上で一応・壬申の乱の大海人皇子の進出経路の探訪を終えた。
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