『○十三日 市振立。虹立。玉木村、市振ヨリ十四五丁有。(越)中・(越)後ノ 堺、川有。渡テ越中ノ方、堺村ト云。加賀ノ番所有。出手形入ノ由。』
↓「境橋」と「二級河川・境川」の標識
↓境川。上流方面↓境橋。奥の細道の時代、境川には橋がなかった。写真は国道8号線だが、旧北陸道もほぼ海岸線を縫っていたから、芭蕉が境川を渡った地点はこの辺りとみていいだろう。
↓境川・上流
↓下流・河口。日本海の水平線が見える
↓「境関所跡」は境橋から 0 . 7kmの近距離。国道8号線バイパスから分岐して旧道に入る。
↓境関所跡
↓「境関阯」石碑
↓関の池
↓立派な「関の館」が建っている
↓「加賀藩・境御関所」の銘入り提灯
↓旧境村。古民家の酒の醸造・販売屋が残っている
〇境村から芭蕉と曾良が辿った旅程は、曾良随行日記に明らか。『泊ニ到テ越中ノ名所少々覚者有。入善ニ至テ馬ナシ。人雇テ荷ヲ持セ、黒部川ヲ越。』 この日は滑川宿で泊っている。酷暑の日だったらしい。
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