〇飯田市の南、天竜渓の橋を渡りさらに南下していくと泰阜村に入る。金野の地名はカーナビになかったが、現地を走りながらボクが見当をつけてそして見事に辿り着いた。
↓金野諏訪神社にとうちゃこ。
↓「‥‥。旧金野村の産土神(うぶすながみ)として、安永年間から明治の初期頃まで、祭礼には必ず上演された操り人形劇とともに、信仰と地域の人々のよりどころとして崇拝されてきた。諏訪社本殿は一間社とし、若宮八幡宮本殿は二間社で左を八幡社、右を若桜社の二室に仕切る。ともに流造、板葺の小社で、覆い屋の左右に並び立つ。若宮八幡宮本殿には元亀4年(1573)の棟札が残り、本殿も形式手法が酷似しており、建物の様式からも同時期の建築と認められる。‥‥。保存状態も良く、室町時代に遡る同時期建立の神社が二棟揃って残り価値が高く、重要文化財に指定された。また、全体に風蝕が少なく、当初から覆い屋によって保存されていたものと考えられ、現覆い屋も重要文化財の附(つけたり)として指定された」
↑↓拝殿
↓拝殿から見た覆い屋の中の重文本殿二棟。左・諏訪社本殿、右・若宮社
↓金野諏訪社本殿・重文。一間社
〇板葺屋根の粗末さに注目されたい。これでも由緒来歴が証明され・古い時代の様式手法が保存されていれば、重文たり得る。
↓若宮八幡宮本殿・重文。二間社。二柱の神が祀られているということ
↓宝物庫とその背後に(多分)神饌所
〇以下「諏訪大社と諏訪神社・from八ヶ岳原人」より引用
↓左・諏訪神社本殿、右・若宮八幡宮
↓諏訪神社
↓若宮八幡宮
↓附(つけたり)重文・覆い屋
0 件のコメント:
コメントを投稿