〇本日最後の探訪地「徳光院」に到着。北区の山中から長大な神戸トンネルで六甲山を一気に潜り抜けて、神戸市街の中心地・三ノ宮辺りに出現する。そこから六甲山の麓を少し登った所にこの寺院がある。使い勝手の好いカーナビがなければとても辿れない
〇「当山は明治39年の創建にして、臨済宗天龍寺派に所属。‥、開基は川崎正蔵翁なり。‥‥多宝塔(重要文化財)は文明10年(1478)市内垂水区名谷明王寺に建立、明治33年布引川崎邸(現新神戸駅)に移され、更に昭和13年現在地に移築したものである。‥‥因みに境内地並びに諸伽藍は川崎家寄進によるものである‥‥」★隆君註・川崎正蔵翁は、神戸川崎製鉄の創業者
↓「不許葷酒入山門」。禅宗寺院の趣
↓左端の階は重文多宝塔の軒先。正面は本堂
↓本堂
↓水を前にしているから辨天堂か。でなければ開山堂。開山は高木龍渕禅師
↓庫裡
↓左後ろは鐘楼。寛永8年(1631)三木市伽耶院(がやいん)に建立、明治40年当山に移築された。伽耶院も当時は神仏分離・廃仏毀釈の荒波の中で経済的に苦境にあったのだろう。右手前は開山堂か
〇重文・多宝塔
↓聖観音菩薩銅像
〇ここに来るまでは、この夜摂津のどこかで野宿し、翌日北摂津(大阪方面)の未探訪重文を巡って七尾に戻るつもりだったが、渋滞情報に接して気が変わり今日中に戻ることにした。阪神・大阪・京阪での渋滞を警戒して中國自動車道を西進して(本来なら東進する)吉川(よかわ)JUCに行き、そこから舞鶴若狭自動車道を伝って敦賀JUCで北陸自動車道に入り戻って来た。
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