2020年2月15日土曜日

★奥の細道紀行 第276章 福井県吉崎「汐越の松」

汐越(しおこし)の松
奥の細道》《越前の境、吉崎の入江を舟に 棹して、汐越の松を尋ぬ 。
                   終宵(よもすがら)嵐に波をはこばせて
  月をたれたる汐越の松 西行(★註)
此一首にて、数景尽たり。もし一弁を加るものは、無用の指を立るがごとし。》
★註 この歌は実は西行の歌ではない。蓮如の作。芭蕉の時代には西行の歌と思われていた。
芭蕉はこの歌を西行の歌と思い込んで絶賛するが、西行の歌ではないと知ったらここまで言うだろうか。
〇芭蕉と北枝は吉崎で舟に乗って海側から汐越の松を目指した。
↓ 吉崎の入江。丸島の向こうが日本海。蓮如が浄土真宗布教の橋頭保とした吉崎御坊はこの地にある。
↓ 橋の上から反対側を見ている。奥に往けば北潟。
↓ 北潟方面(西)にしばらく行くと道は南に直角に折れ曲がる。南に行くと北潟、直進すると芦原ゴルフクラブ。
おくのほそ道・汐越の松碑 ここから左へ九OOメートル先芦原ゴルフクラブの前庭」。この碑の前に公民館がありそこで催し物をしていた。参加者に汐越の松の所在地を訊いたら「ゴルフ場の中だよ。入れてくれないんじゃないか。まぁ行って頼んでみたら」と頼り無い。

↓ 芦原ゴルフクラブに着いた。受付嬢に「汐越の松」を訪ねてきたんですが、と話すと、「あっ」と言って奥に行き帳面を抱えてきた。「ここにサインをして下さい」。そして行き方を教えてくれたが、それがゴルフ場の中を通って日本海に出るのだという。
とにかく挑戦。指示説明を取り違えていたと見えてとんでもない所に着いた。プレーヤーに訊いたら方向違いの遠方を指示された。
やっと受付嬢の言っていた日本海の見えるところに出た。
↓ 着いた
松はとっくに枯れてない。「奥の細道・汐越の松遺跡」と書いてある
  ↓ 石像。すっかり風化しているが、ひょっとして芭蕉像?
↓ これがどうも汐越の松の遺骸らしい。3代目あたりの。

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