2011年9月12日月曜日
〇9/11(日)晴天・暑い。二上山麓「當麻寺」、明日香「岡寺」「橘寺」「川原寺跡」探訪
日曜日の探訪報告だけでもしておこう。早朝五時半に目覚めた。最初の探訪地は「當麻寺」の予定だったがあんまり早過ぎては仏像に会えない。それで道の駅「大和路・へぐり」の周辺を探索することに。「長屋王御陵」が近くにあるというのでそこを目指した。直ぐに発見できた。近くには夫人「吉備内親王」の御陵もあるそうだったが道が狭いのでそちらは遠慮した。長屋王は藤原氏の謀略にかかって一族が自決に追い込まれた。聖徳太子の死後その一族が蘇我氏の手にかかって自決に追い込まれたのと似ている。日本史の節目に位置する人物。七時を回ったので當麻寺に向かった。平群から南下する。八時前に門前に着いた。二上山の山麓に位置する。二上山と葛城山の間の谷筋を西に辿ると河内の柏原に抜ける。八時から念願の仏像参拝を実現。係の人が本堂・曼荼羅堂、講堂、金堂を一々案内してくれた、吾輩たった一人のために。當麻寺は国宝・重文の建物・仏像の大宝庫なのだが、この朝すべてをこの目で見た。これまでの探訪で省いていた奥ノ院も見た。當麻寺から明日香に脚を延ばした。岡寺の「国宝・義淵僧正坐像」(木心乾漆像)を拝顔するため。しかし国宝像は奈良国立博物館に寄託されていて会えず。折角なのでこれまで敬遠していた奥ノ院を探訪してみた。岡寺から近くの「橘寺」に脚を伸ばした。橘寺は聖徳太子誕生地との伝承を持つ。この寺が予想外の大寺、堂宇伽藍が多数存在し整備されている。明日香地域第一ではないか。橘寺の前に「川原寺跡」を再発見。子供たちが小さかった頃家族旅行で確かにこの史跡に到達したんだが、その後独りで何度来て見ても発見できなかった。昼下がりにもう帰路に就いた。七尾到着、晩七時過ぎ。道中のガソリンスタンドで誠実そうな店員にタイヤが古くてヒビ割れが入っており高速でパンクの怖れがあると脅かされて四本とも換えた。現金払いなら腹が立ったろうが、カード支払いにしたので帰路は安全感を味わいながら戻れた。この頃高速でパンク車を多く見かけるのだ。
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