案内板によると、「肥前では、現在の有田町を中心とする地域で江戸時代初めの1610年代頃に国産最初の磁気が作られた。佐賀藩は磁器生産を産業として奨励する一方で、1675年頃に肥前の陶磁器技術の粋を結集して大川内山に御道具山(通称「鍋島藩窯」)を開いた。鍋島藩窯で藩の厳しい管理のもとに作られたのが「鍋島」。「鍋島」は江戸の徳川将軍家や幕府の要人、諸大名への献上や贈答のほかは藩主が城中で使用するためだけに作られた特別あつらえの焼物で、一般に販売されることはなかった。妥協を許さない精緻な造形と優雅な作風によって近世陶磁の最高峰に位置づけられている。大川内は三方を岸壁や急峻な山で囲まれ山水画の様な自然景観の中に、藩役宅跡、御細工場跡、登窯跡などが殆ど江戸時代そのままに保存されている。「鍋島」の研究や、鍋島藩窯の制度、陶工たちの生活を知る上で学術的価値が高い。現在も鍋島藩窯の伝統を受け継ぐ窯元が軒を連ね、「鍋島」の伝統を受け継ぐ「伊万里焼」が生み出されている」
↓伊万里焼の橋
このあと、降りしきる雪を衝きながら今夜の野営地・道の駅西海を目指した。
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