2012年8月16日木曜日

〇8/16(木)、三重県紀和町・日本一の「丸山千枚田」、奈良県十津川村「玉置神社」、熊野古道・中辺路「継桜(つぎざくら)神社」

早朝、道の駅を出立。三重県紀和町丸山へ。日本一の千枚田を見分に行く。行けども行けども山道。一時間半近くかかった。眼下に展望した千枚田は‥‥輪島市・白米(しらよね)のそれと規模は似たようなもの。もっと大規模だと想像していた。ボクの受けた感じでは、白米の千枚田の方が絵になっている。白米の方が一枚一枚の田圃の形の肌理が細かい。何より白米千枚田は、日本海にそのまま雪崩落ちているのだ。構図がダイナミック、色の対比も面白い。結論――丸山千枚田が日本一なら、能登半島先端の白米千枚田はより日本一。千枚田の絵を描きにわざわざ三重県紀和町の山奥まで来なくて済む。写真を沢山撮った。
次に行ったのは奈良県十津川村の「玉置神社」。吉野大峯・奥駆けコースの終点、熊野本宮の奥の院とも称される。古色蒼然とはこの神社のための表現。樹齢千年以上の老杉が境内に五、六本は生立している。神代杉と称される拝殿裏の一本は樹齢三千年と言われているそう。修験道が盛んであった時代にはさぞかし力のあった神社だったろう。再訪だが、以前撮影したデータが失われたのでご苦労にもまた玉置山の山頂に登る。しかし二度目には一度目にはなかった新発見が幾つもあった。写真の整理が楽しみ。
玉置神社に行く途中に寄った道の駅「奥熊野古道ほんぐう」で雉丼を食べながら見ていた観光雑誌の一ページを目にしたとき、ボクの目が光った(と思う)。昨日探訪した熊野古道・中辺路の「継桜王子」の故地にある「継桜神社」の境内に生えていてボクを圧倒した杉・楠の大木、これらの木は明治時代に伐採される危機に襲われたが、その危機を救ったのは《南方熊楠》だったと解説してあった。そうと知ったうえは再訪し、熊楠のエコ精神を味わいながら境内を徹底的に撮影して来ずばなるまいと念じた。今日も熊野古道・中辺路に入った。昨日見落とした「野中の清水」も発見。写真の写り具合はどうだろう。巨木の撮影は難しい。
今夜は、昨夜よりも田辺市に一歩近づいただけの道の駅に泊まる。ひどく貧相。駐車スペースが十台分もなく、トイレに至っては男女兼用。こんな道の駅ッて、今時許されるのか(`´)。これからスーパーでちょっと買物をして、その道の駅に戻り、晩食を撮って寝る。それでは(^.^)/~~~

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