2012年10月3日水曜日

日本仏教は釈迦の教えと全然違う(三)

昨日、埼玉県熊谷市の妻沼(めぬま)歓喜天(かんぎてん)「聖天堂(しょうてんどう)」が今年国宝に指定されたことを書いた。妻沼歓喜天は真言宗高野山派の末寺。密教寺院。結構な話の糸口ができたので密教についてボクの知見を記そう。
ボクは仏教と謂われている宗教に大きく分けて三種類あるとみている。①釈迦仏教。②大乗仏教。③密教。
①釈迦仏教はそこで発祥しそこで一時隆盛した北インドでは比較的早くに完全消滅した。取って代わったのは龍樹が大成した大乗仏教。それも、西からイスラム教の圧迫を受け、南から新興の土俗宗教・ヒンドゥー教に蚕食されて衰退消滅の道を歩んだ。玄奘三蔵法師が仏典を求めて北インドに到達した頃は既に大乗仏教は衰退し、③の密教が、南インドを基盤としたドラヴィダ族土俗の宗教から発展したヒンドゥー教に妥協しヒンドゥー教の神々・守護神・利益神を教義に取り入れ、宇宙の真理と一体となる鍵である呪文(真言)と秘儀を取り入れて生き残りを図った。しかしそれは墓穴を掘るのと同じことで遂にヒンドゥー教・ジャイナ教などインド土俗の宗教に吸収されて消滅した。
しかし釈迦仏教は上座部仏教としてスリランカを経由してミャンマー・タイ・ラオス・カンボジアなど東南アジア地域で生き残った。この東南アジアに流布された仏教のことを「小乗仏教」と日本では呼ぶが、この呼称は大乗仏教側からそこでの仏教を軽侮するために名付けたもので、慈悲心を持つ者なら使うべからざる言葉。東南アジアの仏教は釈迦の教えによっぽど近い。
釈迦教団が分裂した時、上座部と大衆部に別れた。大衆部から大乗仏教が生み出され、それが北インドを一時席巻し、そしてヒンドゥー教・ジャイナ教に吸収され消滅したことは前述。しかし大乗仏教は北インドで消滅する前既に北上を開始しさらに西域に入って東進し続けていた。遂には中国に入りさらに朝鮮を経由して日本にまで到達した。聖徳太子の摂政時代のこと。中国では大乗仏教は宋の時代には衰退し土俗宗教・道教に殆ど吸収された。今も大乗仏教が堂々と生き残っているのは日本くらいしかない。
その日本では、平安時代前期になると従前飛鳥・奈良時代に舶来した大乗仏教に飽き足らず、密教の招来が待望されるようになった。密教とは語義的には「秘密の宗教」という意味。護摩を焚き加持祈祷をするスタイルが従前の仏教と全然違っていた。呪文(真言)を称えて宇宙の神秘の力と同化し厄を除け利益を齎す。呪詛により人を殺す力さえ有する。空海・弘法大師がこの密教の体系を一式、中国から持ち帰った。以後密教が日本仏教の本流となって、鎌倉仏教が革命的に登場するまで続く。ところが密教が日本仏教界の覇権を握った頃、本場インドでは密教はヒンドゥー教・ジャイナ教などインド土俗の宗教に吸収される過程に入っていた。しかもそもそも密教がインドに発生した縁由は、新興のヒンドゥー教・ジャイナ教などインド土俗の宗教の発展圧力に大乗仏教側が抗し切れずにそれらと妥協を図って生き延びようとしたことにある。宇宙の真理・呪文(真言)・秘儀・諸々の天部の神々・明王達、これらはその淵源を南インド・ドラヴィダ族の土俗宗教・ヒンドゥー教の中に見い出せる。現代から見ると、密教は時代錯誤的に尊重されて日本に齎されたというしかないのでは。
密教が生き残ったルートがある。それはチベット大高原。独特の教義となりラマ教として現代も信仰されている。ラマ教はチベット高原からモンゴル平原に広がって現代に至っている。
ここで、埼玉県熊谷市の妻沼(めぬま)歓喜天(かんぎてん)「聖天堂(しょうてんどう)」に話題を戻す。「歓喜天」は密教にしか登場しない。まさにヒンドゥー教の神の一つ。歓喜はsex的歓喜を意味する。インド土着の思想には、sex的歓喜は宇宙の真理に通じるという観念がある。ヒンドゥー教の神々の中に象徴的性描写像と見られるモノが数々ある。歓喜天はその系統の天部の神。日本人には馴染みにくいんじゃないかなぁ。
日本仏教は鎌倉時代に入った途端に飛躍し変革される。まさに世界にまたとない日本仏教が成立する。次には多分話が鎌倉仏教に跳ぶ。アッ触れ損なったが、禅宗はボクの観方では①釈迦仏教によっぽど近い。実際禅宗寺院の多くの本尊は釈迦如来。

2 件のコメント:

  1. 従姉の七重ちゃんのメールから無断で転用→「日立の滝、あれは凄い、あれを歩いたのは凄い、懲りないのは凄い、命知らずなのは凄い!」←これってボクにはどう読んでもすご~く褒められているように感じるんですが、みなさんはどう受け留めますか。七重ちゃんに直接打診すれば「バ~カ、呆れ返ってるのよ」と返事されるのに決まっているとは思うんですが、だけどもボクは彼女の優しさ・賢明さを熟知しているので、呆れ返ったうえでの言外の深~い含蓄というものを感じ取ってしまうんですねぇf(~_~;)双子の弟に言わせると、そこがお前の悪い所・オメデタイ調子モンのところだというんですが‥七重ちゃ~ん、本当のところはどうですかぁf^_^;

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  2. 〇またも七重ちゃんのメールから無断転用f(~_~;)→「懲りないのは凄い、命知らずなのは凄い」は決して褒め言葉ではありません。御明察の通りあきれ返っている訳です。年齢を自覚しないところが凄い、心臓の事を忘れてしまっているところが凄い、挑戦すべき対象に出会った時理性が吹っ飛ぶのが凄い、・・まっ、全部ではないけど男とはこんなもんなんでしょう。昔働いていた頃、まわりは社長だらけでした。‥タイプはそれぞれ違うけど、皆 行けるところまで突き進む、広げるだけ広げる、やれることなら何でも、男の事業欲は止められないな、と思いました。結局能力以上に広げすぎて疲れ果てたり、破綻したり、美しい結末は少ないのですが挑戦し続ける、それはそれで魅力ではありますね、夢中になっている男には稚気愛すべしのとこもあるし。野心はいいけどそれが卑しいのはダメですね、野にして卑にあらず、っていう言葉あったっけ?‥生きてるうちにやれる限りをと突き進んだ典型はアレキサンダー大王ですね、先に何が有るのかそれが見たい!大王のエネルギーは好奇心ではないでしょうか、それでインドまで行っちゃつた。34歳でしたか、死んじゃって、人間ってすごいものですね・・・なんか結局褒め言葉に成ってしまったのか?

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