濠端の市営駐車場にセレナを入れて、目の前の赤い橋を渡る
すると直ぐに「二の丸御殿跡」の広場に出る。往時はこんな便利な赤い橋などなく、二の丸に至る通路は次に紹介する銅門(あかがねもん)を経由した。
「江戸時代の小田原城には、将軍の旅宿専用の「本丸御殿」と、藩主の居館や行政を行う政庁としての役割を持った「二の丸御殿」の二つの御殿があった。「二の丸御殿」は、3代将軍家光が上洛のおり小田原城に止宿した寛永年間の頃が最も壮麗で、能舞台や唐門も備えた立派なものだった。しかし、元禄16年(1703)に起きた大地震により小田原城は甚大な被害を受け、「二の丸御殿」も倒壊し炎上してしまった。その後再建され、徐々に増築されたものの、以前の姿には到底及ばないものだった」
銅門(あかがねもん)。二の丸の表門。平成9年復原。
扉の飾り金具に銅を使用していたことから「銅門」と呼ばれるようになった。
銅門を潜って、二の丸・本丸に行く。二の丸は右手、本丸は奥の方。
奥へ進むと、本丸の表門である「常盤木門(ときわぎもん)」を防御する城郭の一部が見えてくる。
常盤木門へはこの赤い橋を渡って行く。橋の下は、本丸東堀跡。
常盤木門を防御する城郭
常盤木門。小田原城本丸の正門で、最も大きく堅固に造られていた。常盤木とは常緑樹の意味で、門の傍にあった松になぞらえて命名されたそう。昭和46年復原。
門を潜ると、本丸跡地
本丸公園。日本猿の大きな檻が今もある。象もいた形跡がある
天守閣。昭和35年復原
イヌマキの老樹
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