午後十時半、帰宅。疲労困憊。アトリエのフトンに潜り込んでヌクヌクしている。重い荷物を肩にして都内を歩いていたら脚が棒になった。老衰が加速している。
最高裁大法廷内部の撮影が可だったのは意外。最高裁長官・寺田逸郎氏が、その父親でやはり最高裁長官を務めた寺田治郎氏とそっくりだったのは可笑しかった。
芝の増上寺を訪ねた。この時点で足に来ていた。浄土宗。徳川家の菩提寺。徳川家の墓所を公開していた。JR浜松町駅まで歩いてクタクタ。上野駅の公園口で降りた。肩の荷を下ろすためロッカーに重いバッグを入れて400円を投入してやれやれと思ったのはいいが、肝腎のカメラをバッグに入れたまま。カメラを取り出してまた400円の投入し直し。損した。上野公園内の寛永寺の痕跡を求めて足に鞭打ち探訪した所を列挙すると
〇清水観音堂(寛永寺)
〇彰義隊:顕彰碑、西郷隆盛銅像
〇不忍池・弁財天堂(寛永寺)
〇上野大仏(寛永寺)
〇上野東照宮(重要文化財の宝庫)
〇動物園内に取り残された五重塔(寛永寺)を発見。東照宮の参道からしか見えない。
〇寛永寺の両大師堂、輪王院に回ったがもう閉門されていた。時刻は四時半過ぎか。離れた所にある寛永寺本坊に回る気力は全くなし。
△そう言えば野口英世の銅像もあった。かつては持て囃されたこともあった細菌研究者だったが(渡米して黄熱病の原因細菌を発見したと大言)、化けの皮が剥がれて今はその業績は全く評価されていない。少年時代に読んだ伝記と実像実績は全く違う。
●結局、寛永寺探訪は不首尾未完。もう一度挑戦する必要がある。それと、泉岳寺に赤穂義士の墓を訪ねば。
北陸新幹線はやはり速いというべし。帰路疲れ果てた身にはその速さが身に染みてありがたかった。金沢が近かった。
2015年10月23日金曜日
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