旧北国街道を福井方面から来て今庄宿に入るときは「湯尾峠」を越える。この峠、明治天皇も越えられた。湯尾峠を越えると直ぐに今庄宿。旧北国街道を今庄から敦賀に出るとき越えたのが「木の芽峠」。
芭蕉は今庄宿に一泊した。が、宿名は伝わっていない。
↓今庄の街中に残る旧北国街道筋
↑↓上の古い建物の側に「御札場」があった。御札場と高札場は別物らしい。今庄でも別の所に「高札場」跡がある。
↓これは旅篭(はたご)建物。そのまんま。
↓「旅籠(若狭屋) 江戸時代の純粋な旅篭である。昔は屋根が薄板で葺いており、風で薄板が飛ばないように石が載せてあった。旅篭は本陣や脇本陣とは違い、一般庶民が宿泊する旅宿で、始めは食糧持参し薪代などを払う形態であったが、交通量が増大し庶民の旅行が多くなると、現代の旅館形式に変わった。」
芭蕉もこのような旅篭に泊まったのは確か。ひょっとして「若狭屋」だったりして。因みに旅篭は55軒あったそう。
↓「問屋」跡の表札が立っている
↓問屋跡表札の右側に建っている旧家
↓本陣跡
↓本陣跡に建つ明治天皇が宿泊された行在所
↓西(敦賀・京方面)に今庄宿を抜けようとすると 、この道しるべに出会う。
↓「左 京 いせ・江戸道」
↓「右 京 つる可(つるが)・己可佐(わかさ)道」
↓左・湯尾峠 右・木の芽峠(北国街道で敦賀に抜ける)と楫取(かじとり)宿(楫取宿を経由すると北陸街道を辿り栃ノ木峠を越えて余呉・木ノ本に出る)
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