『〇廿七日 雨止む。温海立つ。翁ハ馬ニテ直ニ鼠ヶ関(ねずがせき)被ㇾ趣(おもむかれる)。予ハ湯本(温海は温泉地)ヘ立寄り、見物シテ行く。半道計(ばかり)ノ山ノ奥也。今日も折々小雨ス。及ㇾ暮、中村(今・新潟県北中)ニ宿ス。
〇二十八日 朝晴。中村ヲ立ち、到蒲□(蒲□は、葡萄ではないか)・(名ニ立つ程ノ無ㇾ難所)。甚雨降ル。追付(おっつけ)止む。申ノ上刻(さるのじょうこく・午後三時半過ぎ)村上ニ着き、宿借りテ城中ヘ案内。‥‥。
〇廿九日 天気吉。昼時(帯刀公ヨリ百疋給す←十万円ほどらしい)喜兵・友兵来テ、光栄寺ヘ同道。‥‥。帰りて、冷麦持賞。未ノ下剋(ひつじのげこく、二時半頃)、宿久左衛門同道ニテ瀬波(温泉・海岸がある)ヘ行く。帰りて、‥‥。
一 七月朔日 折々小雨降ル。‥‥。朝之内、泰叟院へ参詣。巳の剋(みのこく、午前十時)、村上ヲ立つ。午ノ下剋(うまのげこく、午後十二時半頃)、乙村(きのとむら)ニ至ル。次作ヲ尋ね、甚だ持賞ス。乙宝寺(おっぽうじ)ヘ同道。帰り而(て)つゐ地村、息(そく)次市良方ヘ状添え遣わス。乙宝寺参詣前大雨ス。即刻止む。申の上剋(さるのじょうこく、午後三時半過ぎ)、雨降り出す。及ㇾ暮、つゐ地村次市良ヘ着き、宿。夜、甚強雨ス。朝、止む、曇。』
〇↓胎内市(旧・乙(きのと)村)「乙宝寺(おっぽうじ)」 真言宗智山派の見事な古刹。
↓ 弁天堂
↓ 仁王門
↓ 本堂・大日堂。焼失し(不審火だという)再建された。鉄筋コンクリート造。
↓ 鐘楼
↓ 三重塔・重文
↓ 本堂・大日堂
↓ 地蔵堂
↓ 左手前・句碑、右奥・観音堂
↓ 観音堂
↓芭蕉句碑は、中奥の丸い石碑
《うらやまし浮世の北の山桜》
句碑裏面↓ 六角円堂
↓ 八所神社。真言宗は神仏習合し易い教義だった。
八所神社奥の稲荷神社
↓ 焼失後、再建された方丈
名残に三重塔を写す。
●今度村上へ行くことがあったら探訪すべき箇所
★光栄寺
★瀬波温泉・海岸
★泰叟院
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