大山寺は奈良時代に成立した山岳信仰の霊場であり、養老2年(718年)に金蓮上人が草庵をむすび地蔵菩薩を祀ったことが起源と伝わる。平安時代に入って天台宗が統括するようになり、西日本に於ける天台宗の一大拠点となった。中世には尼子氏・毛利氏などの戦国武将からも崇敬され、盛んに寄進や造営がなされた。江戸時代に入ると一時、中村一忠によって寺領の一部が没収されたが慶長15年(1610年)、西楽院の僧正豪円が幕府に働きかけたことにより大山寺領3000石が安堵された。
明治8年(1875年)廃仏毀釈により大山寺の号が廃された。大日堂(現在の本堂)に本尊を移し、本殿を大神山神社に引き渡した。これにより大山寺は急激に衰退した。昭和3年(1928年)には4度の火災に見舞われた。
- ↓山門
山門の仁王尊
↓唐破風の部分は、観音堂。
不動堂
不動明王
↓さらに石段を登ったところにある本堂境内の鐘楼。
↓以下、本堂。形が素晴らしく好い。昭和3年に焼失した後、昭和26年に再建された。明治新政府の神仏分離令で・大神山神社の本堂を神社側に明渡して・本尊の地蔵尊をこの御堂に移した。この今本堂になっている御堂は当時・大日堂だった。
- 重要文化財
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