《松下村塾》は、吉田松陰が幕末にたった1年間の教育で長州から維新の英傑を多数世に送り出したことで有名。この塾が松陰神社の境内にある。当初からあった8畳間と、後に塾生達が増築した10畳半の二間から成る。《松下村塾》の初めは松陰の叔父「玉木文之進」がここから程遠くない自宅で(後で訪ねる)私塾を開き「松下村塾」と名付けたこと。それを松陰の外叔「久保五郎左衛門」が継承。さらに安政4年(1857)、28歳の松陰がこれを継承し、実家・杉家の幽囚室からここに移って講義をした。翌年までの1年間に過ぎなかった。松陰は、集まった若者達とその身分に捉われずに接し、各々の長所を愛し、存亡期にあった日本の未来を託すべき志と誇りを持った人間に育って欲しいと願った。教育者としての松陰の感化力は絶大で塾生達はそれぞれに志士となって幕末維新を生きた。
当初あった8畳間。
吉田松陰の肖像画
左の10畳半間が塾生達によって増築された
「松下邨塾」の看板がかかっている。
上段左から「久坂玄瑞」「高杉晋作」「吉田松陰」「前原一誠」「木戸孝允」
中段左から「山田顕義」「品川弥二郎」「野村靖」「山県有朋」「伊藤博文」
2010年10月3日日曜日
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