2010年11月5日金曜日

11/4(木)駒ヶ根高原の秋色を描いた

今日は快晴だった。のに、朝目覚めたときは松本盆地はひどい靄で、伊奈谷もこんなときは靄ッとるに決まっていると思ってうんざりしていたらまたうとうとして…本式に起きたときは寝坊し過ぎていた。霧も晴れてきたのでそそくさと出発。写真は梓川SAで見た北アルプス常念岳。

駒ヶ根市に着いたら快晴も快晴、こんな好天気は年に何回あるかという絶好気象。しかも駒ヶ根高原の紅葉はドンピシャリときている。今日の風景は生涯にそう何度も出逢えるもんじゃない。そんな風景の中で絵を描けて…幸せだった。が、絵を描こうとしたらもう正午のチャイムが鳴った。晩秋の陽はつるべ落とし。三時を回ったらもう太陽が山に隠れて夕方の雰囲気で寒くなった。手数の掛かる風景だが、適当に切り上げた。

今、駒ヶ根市の南の飯島町にある「道の駅・花の里いいじま」に居る。以前この道の駅を晩暗くなってから探したが発見できなかったことがあった。国道筋と見当をつけていたが、実は河岸段丘を上がった県道筋にあった。大きくて立派な道の駅。背後に中央アルプスの南駒ケ岳・空木(うつぎ)岳が聳えている。眼前には南アルプスの塩見岳・悪沢岳・赤石岳が展開している。素晴らしい立地点。メール・NETを先ず試したら一発で通じたので、今夜はここで泊まることにした。
南アルプス、左が悪沢岳、右冠雪しているのが赤石岳

塩見岳、悪沢岳のさらに左に位置する

中央アルプスの南駒ヶ岳や空木岳は薄暮の逆光になって絵にならない。

2010年11月4日木曜日

11/3(水・文化の日)妙義山を描いた、が‥

横川SAで目覚めて窓外を見ると‥びっくり仰天、快晴で妙義山が真横にくっきりと迫っている。勇躍して出発、松井田妙義ICで下りて妙義山を目指すと、アッと言う間に妙義神社に到着。神社が背負っている山塊は「白雲山」。妙義山はあと二つの山塊で構成されている。「金鶏山」と「金洞山」。白雲山は絵にならず、金鶏山も絵にならず、最奥の金洞山まで来て描く気になった。金洞山には石門が四つある。描く前にそれに挑戦してみることに。第一石門は近いが初っ端から鎖場があり「蟹の横這い」の腕試しをさせられる。吾輩は悟った、心臓疾患を抱えた者の登るコースではない。第一を潜り、第二を見上げて‥戻ってきた。絵を描き始めたがこれが惨憺たる有様。構図の大失敗(>_<)描けば描くほど悪くなる。結局ギブアップ。こうなると紙ボードは便利。二つに折って踏んづけたら始末完了、完璧。キャンパスはこうはいかない。
旧道で碓氷峠を越えて軽井沢に出た。峠近くで旧上信越本線の赤レンガ鉄橋・メガネ橋に登って歩いてみた。廃線のトンネルも潜った。年寄りの団体がどんどんトンネルを幾つも潜って行くのでついて行ったら観光バスが待っていて乗って行った。吾輩は独りで引き返すことになったが帰路は上り勾配。こうして碓氷峠を列車が越えるのは如何に大変だったかを体験した。勾配は66.7/1,000。視認でかなりの上り勾配であることが分る。歩いてみると数10mで脚が重くなる。これが延々20kmも続く。トンネル内の煙害で殉職した機関士が4人もいた。アプト式軌道で、後退はしないがスピードが出なかった。浅間山が落日の残照を浴びてそれは綺麗。小諸ICから自動車道に入り、三度梓川SAに入り込んで寝た。

2010年11月3日水曜日

11/2(火)予定外の行動、再度戸隠鏡池へ

朝目覚めたら意外や意外、快晴で常念岳が初冠雪で輝いていた。写真、手前右が吾輩のセレナ。

絵が描ける、そう思ったら、戸隠鏡池の黄葉が脳裏に浮かんだ。あそこは今が絶好機。伊那は紅葉いまだしかも、上高地は描いた絵の運搬問題が解決していない。現ナマが鏡池にある。決断は速かった。松本ICで下りて、即下り線に入り直した。信濃町ICで下りて戸隠へ。
絵を描きだしたら戸隠山の空は雲に覆われっ放し。しかし太陽は出ていて風景は明るかった。

午後1時に筆を措き、シェーネのマスターから教えてもらった《小鳥ヶ池》に行ってみた。予想外に絵になる風景。で、後で紹介。
夕方三度梓川SAを目指していたが、更埴JCTで気が変わり、明日は妙義山で描くことにして長野自動車道と別れた。明朝は軽井沢碓井ICで下りるつもり。それでNET接続可のSA・PAで泊まるつもりで順次試していった。最初は東部湯の丸SA、メールは繋がったがインターNETが不可。次はここで泊まるしかない佐久平PA、全然反応なし。仕方ないので食堂で「佐久鯉そぼろ重」650円で夕食を済ませ、寝ながら読書する準備をしていたら、妙義山へ行くのなら軽井沢碓井の次の「松井田・妙義IC」の方が正解かもと地図を調べたらその通り。それで横川SAを宿泊地に変更。何せSAや、NETに繋がるかもと期待して滑り込み早速試してみたらメールもできない(`´)今度こそ仕方ないので不貞腐れてウィスキーを引っ掛けながら読書して寝た。

2010年11月1日月曜日

11/1(月)戸隠・鏡池で描いていたら雨に見舞われた

「梓川SA・下り」で昨夜は午前2時近くまで読書。雨音が強くなる一方でどうせ明日は絵を描けず一日セレナの中と割り切って。今朝7時半に目が覚めたら雨音がしない。晴れてはいないが降りそうな感じでない。戸隠に向かった。信濃町ICで下りる頃には青空の方が多くなった。戸隠鏡池の黄葉風景は光が溢れていた。西岳のてっぺんの雲はとれそうもなかったが、黄葉と山の青味の対比を絵にするつもりなので差支えないと思って描いた。昼過ぎ雨に見舞われた。片づける暇も有らばこそ、という感じ。寒冷前線が通過したらしくて、雷鳴がし、気温が一気に下がった。濡れた体が震えた。絵はP6のキャンパスに描いていた。小品。腕慣らしのつもり。中途半端でも遺憾に思わない。それにしてもキャンパスと絵具の相性は悪い、絵具が乗らない。油を吸う紙ボードの方が良い。絵の続きは、駐車場のセレナの後ろドアを撥ね上げて雨を凌ぐ屋根にして描いた。
今居るのは「梓川SA・上り」。もし明日晴れたら上高地か伊那に向かうつもりでここに居る。ここは二股掛けるのに好都合。ポツポツと雨音がする、怪しからん(`´)。

2010年10月31日日曜日

10/31(日)新穂高ロープウェー

夜が明けたら道の駅「奥飛騨温泉郷・上宝」は靄の中。上高地入り、そして絵を描くことを断念。セレナの中で読書。梅原猛の「海人と天皇・日本とは何か 上巻」。読了したのが午後1時。それから動き出して新穂高温泉のロープウェーへ。駐車料500円←高い(`´)、往復2,800円。標高1,000m強の麓から2,156mまで一気に昇る。凄い!!西穂高山荘が手に取るように見える。今日は雲が湧き見晴らしがよくなかったが気持ちが好かった。いつか必ず絶景をカメラに収めよう。
上昇中



終点展望台の真後ろに西穂高岳が控える

中央最高峰が西穂高岳、その向かって左が天狗の頭、右に西穂ピラミッド、西穂独標(どっぴょう)

錫丈岳方面

鷲羽山など中央アルプスの峰々が雲間に隠れている

右端に見えるのが西穂高に続く天狗の頭。中央の湧き上がった雲の裏側に穂高連峰が隠されている。前穂高・槍ケ岳などがいるはず

笠ヶ岳方面。中央に見える稜線は笠ヶ岳の稜線のはず

梓川SAにいる。今夜はここで泊まる。明日はここから戸隠を睨んでいるつもりなんだが、情けないことに雨が降り出し、それが段々強くなる。明日も多分絵が描けない。読書に明け暮れる可能性がある。梅原猛の「海人と天皇・日本とは何か」の下巻もある。

2010年10月30日土曜日

10/30(土)道の駅「奥飛騨温泉郷・上宝」

午後七尾を出たときは、台風が夜のうちに去り明日は台風一過の晴天になると勝手に予想した。それで明朝早々に上高地に入って油絵を描くつもりで道の駅「奥飛騨温泉郷・上宝」に入り込んだ、夕暮れた午後6時前。期待せずにNET接続を試みたら、最初は繋がらなかったが、パソコンの角度を変えてみたら繋がってしまった。ので、天気予報を検索したら‥松本の明日の天気は、曇りのち雨(*_*;これじゃぁ上高地の山のてっぺんは雲間に隠れて絵にならないだろう。僕の描いた目論見は、日曜日に上高地で描き、月曜日は戸隠鏡池のマイカー乗入規制が解除になるので戸隠に行って描き、その後は安曇野・伊那・木曾・妙高高原を駆け廻りみつくろって描くというものだった。が、初っ端からつまずいた。明朝の空模様を見てからの話だが、安房峠を越えて直接安曇野に出る選択になるかも。3日文化の日からは割と好天になるらしい。明日何処へ行っても曇りか雨なら、いっそのこと新穂高ロープウェイに乗ってみようかなぁ。ここから近い。未だ乗ったことが無い。

2010年10月29日金曜日

隆くんの「のと信ギャラリー」個展出品作集(一)

2010/10 戸隠・鏡池 パステル

2010/10 白馬村大出

2009/5 木曾の御嶽さん

2009/5 木曾谷の古街道

2009/5 駒ヶ根市火山から見た空木岳

2009/5 戸隠山と鏡池

2009/4 最上川・大淀