富山平野で夕陽が赤く輝いて山の端に沈むのを見た。明日も晴れるらしい、勿体ない。七尾着、六時。
2010年11月7日日曜日
11/7(日)、安曇野松川村「鈴虫荘」近くで描いた
今朝も目覚めると酷い靄。女房の説では晴れの証。読書して時を過ごしていたら本当に晴れてきた。それも快晴。やおら動き出し第一候補地の松川村「鈴虫荘」の近くの橋の上へ。願ってもない秋色。暖かかった。最後の一日は最高の気象に恵まれた。午後一時半に筆を措き家路に。

富山平野で夕陽が赤く輝いて山の端に沈むのを見た。明日も晴れるらしい、勿体ない。七尾着、六時。
富山平野で夕陽が赤く輝いて山の端に沈むのを見た。明日も晴れるらしい、勿体ない。七尾着、六時。
2010年11月6日土曜日
11/6(土)池田町美術館の丘で有明富士を描いた
今朝目覚めると例の靄がひどい。女房から「知らなかったの(バカねぇ)、安曇野の朝靄は晴れの証よ」と教えられたので悠然と寝ながら待った、尖閣のビデオがユーチューブに流された記事を1面に載せた新聞を読みながら。午前10時過ぎから急に気温が上がり晴れ間が見えてきた。ので、出発。やっぱり靄の日は出遅れのハンディが付く。第一候補の大王わさび園に寄った。が、黄葉の出来が悪いままに葉が散って寂しい光景なので止めた。

次は池田町美術館の丘から見た風景二題。一題目の爺ヶ岳・鹿島槍を遠景にした社の森の風景は唐松が黄葉していないのでパス。二題目の有明富士を描くことに。出来はあまり良くなかった。ナイフでなく筆で描く風景だったかも。山々の微妙な形が描けてない、稚拙。手前の曲がった道を入れたのは酷い構図。失敗は成功の元。

今、高瀬川沿いの「道の駅・安曇野松川」に居る。以前ここでネットに挑戦したら繋がらなかったけど、今回は一発で通じたので、今夜はここに泊まる。昼飯を食べていなかったので5時前に「きのこ丼」650円を食べた。これがきのこ満載の玉子丼で満足、満腹。写生旅行もいよいよ明日一日。
高瀬川は耳慣れまい。大町方面の水を集めて上高地から流れ下る梓川と合流し塩尻方面の流れと合わさって犀川となり善光寺平に向かい、やがて川中島で佐久方面から流れて来る千曲川と合流する。
次は池田町美術館の丘から見た風景二題。一題目の爺ヶ岳・鹿島槍を遠景にした社の森の風景は唐松が黄葉していないのでパス。二題目の有明富士を描くことに。出来はあまり良くなかった。ナイフでなく筆で描く風景だったかも。山々の微妙な形が描けてない、稚拙。手前の曲がった道を入れたのは酷い構図。失敗は成功の元。
今、高瀬川沿いの「道の駅・安曇野松川」に居る。以前ここでネットに挑戦したら繋がらなかったけど、今回は一発で通じたので、今夜はここに泊まる。昼飯を食べていなかったので5時前に「きのこ丼」650円を食べた。これがきのこ満載の玉子丼で満足、満腹。写生旅行もいよいよ明日一日。
高瀬川は耳慣れまい。大町方面の水を集めて上高地から流れ下る梓川と合流し塩尻方面の流れと合わさって犀川となり善光寺平に向かい、やがて川中島で佐久方面から流れて来る千曲川と合流する。
2010年11月5日金曜日
11/5(金)飯島町「千人塚」で南駒ヶ岳の秋色を描いた
道の駅「花の里いいじま」で迎えた朝は今日も快晴。今朝は寝坊せずに近所の「千人塚公園」に駆け上がった。そこに中央アルプス「南駒ヶ岳」の絶景が展開するのだ。午後一時に筆を措いた。

その後伊那谷を周遊。松川町で天龍川の東岸に渡り、中川村大草を経て駒ヶ根に戻った。通過した所は明日の候補地から外れた。あとは駒ヶ根市東岸火山で描くか、安曇野で描くか。吾輩の選択はとにかく梓川SAに舞い戻って休むだった。今四度梓川SAに居る。今夜もここに泊まる。正直言って疲労してきた。毎夜読書し午前一時頃に寝る。朝は七時半頃に起きる。運転と絵画と読書、連日これの繰り返し。真夏の旅行ではあれだけ横になってとった昼寝を、秋の旅行では全然しない。それで疲れが出て来て家に近づこうとしている、それが自己分析。
その後伊那谷を周遊。松川町で天龍川の東岸に渡り、中川村大草を経て駒ヶ根に戻った。通過した所は明日の候補地から外れた。あとは駒ヶ根市東岸火山で描くか、安曇野で描くか。吾輩の選択はとにかく梓川SAに舞い戻って休むだった。今四度梓川SAに居る。今夜もここに泊まる。正直言って疲労してきた。毎夜読書し午前一時頃に寝る。朝は七時半頃に起きる。運転と絵画と読書、連日これの繰り返し。真夏の旅行ではあれだけ横になってとった昼寝を、秋の旅行では全然しない。それで疲れが出て来て家に近づこうとしている、それが自己分析。
11/4(木)駒ヶ根高原の秋色を描いた
今日は快晴だった。のに、朝目覚めたときは松本盆地はひどい靄で、伊奈谷もこんなときは靄ッとるに決まっていると思ってうんざりしていたらまたうとうとして…本式に起きたときは寝坊し過ぎていた。霧も晴れてきたのでそそくさと出発。写真は梓川SAで見た北アルプス常念岳。

駒ヶ根市に着いたら快晴も快晴、こんな好天気は年に何回あるかという絶好気象。しかも駒ヶ根高原の紅葉はドンピシャリときている。今日の風景は生涯にそう何度も出逢えるもんじゃない。そんな風景の中で絵を描けて…幸せだった。が、絵を描こうとしたらもう正午のチャイムが鳴った。晩秋の陽はつるべ落とし。三時を回ったらもう太陽が山に隠れて夕方の雰囲気で寒くなった。手数の掛かる風景だが、適当に切り上げた。

今、駒ヶ根市の南の飯島町にある「道の駅・花の里いいじま」に居る。以前この道の駅を晩暗くなってから探したが発見できなかったことがあった。国道筋と見当をつけていたが、実は河岸段丘を上がった県道筋にあった。大きくて立派な道の駅。背後に中央アルプスの南駒ケ岳・空木(うつぎ)岳が聳えている。眼前には南アルプスの塩見岳・悪沢岳・赤石岳が展開している。素晴らしい立地点。メール・NETを先ず試したら一発で通じたので、今夜はここで泊まることにした。
南アルプス、左が悪沢岳、右冠雪しているのが赤石岳

塩見岳、悪沢岳のさらに左に位置する

中央アルプスの南駒ヶ岳や空木岳は薄暮の逆光になって絵にならない。
駒ヶ根市に着いたら快晴も快晴、こんな好天気は年に何回あるかという絶好気象。しかも駒ヶ根高原の紅葉はドンピシャリときている。今日の風景は生涯にそう何度も出逢えるもんじゃない。そんな風景の中で絵を描けて…幸せだった。が、絵を描こうとしたらもう正午のチャイムが鳴った。晩秋の陽はつるべ落とし。三時を回ったらもう太陽が山に隠れて夕方の雰囲気で寒くなった。手数の掛かる風景だが、適当に切り上げた。
今、駒ヶ根市の南の飯島町にある「道の駅・花の里いいじま」に居る。以前この道の駅を晩暗くなってから探したが発見できなかったことがあった。国道筋と見当をつけていたが、実は河岸段丘を上がった県道筋にあった。大きくて立派な道の駅。背後に中央アルプスの南駒ケ岳・空木(うつぎ)岳が聳えている。眼前には南アルプスの塩見岳・悪沢岳・赤石岳が展開している。素晴らしい立地点。メール・NETを先ず試したら一発で通じたので、今夜はここで泊まることにした。
南アルプス、左が悪沢岳、右冠雪しているのが赤石岳
塩見岳、悪沢岳のさらに左に位置する
中央アルプスの南駒ヶ岳や空木岳は薄暮の逆光になって絵にならない。
2010年11月4日木曜日
11/3(水・文化の日)妙義山を描いた、が‥
横川SAで目覚めて窓外を見ると‥びっくり仰天、快晴で妙義山が真横にくっきりと迫っている。勇躍して出発、松井田妙義ICで下りて妙義山を目指すと、アッと言う間に妙義神社に到着。神社が背負っている山塊は「白雲山」。妙義山はあと二つの山塊で構成されている。「金鶏山」と「金洞山」。白雲山は絵にならず、金鶏山も絵にならず、最奥の金洞山まで来て描く気になった。金洞山には石門が四つある。描く前にそれに挑戦してみることに。第一石門は近いが初っ端から鎖場があり「蟹の横這い」の腕試しをさせられる。吾輩は悟った、心臓疾患を抱えた者の登るコースではない。第一を潜り、第二を見上げて‥戻ってきた。絵を描き始めたがこれが惨憺たる有様。構図の大失敗(>_<)描けば描くほど悪くなる。結局ギブアップ。こうなると紙ボードは便利。二つに折って踏んづけたら始末完了、完璧。キャンパスはこうはいかない。
旧道で碓氷峠を越えて軽井沢に出た。峠近くで旧上信越本線の赤レンガ鉄橋・メガネ橋に登って歩いてみた。廃線のトンネルも潜った。年寄りの団体がどんどんトンネルを幾つも潜って行くのでついて行ったら観光バスが待っていて乗って行った。吾輩は独りで引き返すことになったが帰路は上り勾配。こうして碓氷峠を列車が越えるのは如何に大変だったかを体験した。勾配は66.7/1,000。視認でかなりの上り勾配であることが分る。歩いてみると数10mで脚が重くなる。これが延々20kmも続く。トンネル内の煙害で殉職した機関士が4人もいた。アプト式軌道で、後退はしないがスピードが出なかった。浅間山が落日の残照を浴びてそれは綺麗。小諸ICから自動車道に入り、三度梓川SAに入り込んで寝た。
旧道で碓氷峠を越えて軽井沢に出た。峠近くで旧上信越本線の赤レンガ鉄橋・メガネ橋に登って歩いてみた。廃線のトンネルも潜った。年寄りの団体がどんどんトンネルを幾つも潜って行くのでついて行ったら観光バスが待っていて乗って行った。吾輩は独りで引き返すことになったが帰路は上り勾配。こうして碓氷峠を列車が越えるのは如何に大変だったかを体験した。勾配は66.7/1,000。視認でかなりの上り勾配であることが分る。歩いてみると数10mで脚が重くなる。これが延々20kmも続く。トンネル内の煙害で殉職した機関士が4人もいた。アプト式軌道で、後退はしないがスピードが出なかった。浅間山が落日の残照を浴びてそれは綺麗。小諸ICから自動車道に入り、三度梓川SAに入り込んで寝た。
2010年11月3日水曜日
11/2(火)予定外の行動、再度戸隠鏡池へ
朝目覚めたら意外や意外、快晴で常念岳が初冠雪で輝いていた。写真、手前右が吾輩のセレナ。

絵が描ける、そう思ったら、戸隠鏡池の黄葉が脳裏に浮かんだ。あそこは今が絶好機。伊那は紅葉いまだしかも、上高地は描いた絵の運搬問題が解決していない。現ナマが鏡池にある。決断は速かった。松本ICで下りて、即下り線に入り直した。信濃町ICで下りて戸隠へ。
絵を描きだしたら戸隠山の空は雲に覆われっ放し。しかし太陽は出ていて風景は明るかった。

午後1時に筆を措き、シェーネのマスターから教えてもらった《小鳥ヶ池》に行ってみた。予想外に絵になる風景。で、後で紹介。
夕方三度梓川SAを目指していたが、更埴JCTで気が変わり、明日は妙義山で描くことにして長野自動車道と別れた。明朝は軽井沢碓井ICで下りるつもり。それでNET接続可のSA・PAで泊まるつもりで順次試していった。最初は東部湯の丸SA、メールは繋がったがインターNETが不可。次はここで泊まるしかない佐久平PA、全然反応なし。仕方ないので食堂で「佐久鯉そぼろ重」650円で夕食を済ませ、寝ながら読書する準備をしていたら、妙義山へ行くのなら軽井沢碓井の次の「松井田・妙義IC」の方が正解かもと地図を調べたらその通り。それで横川SAを宿泊地に変更。何せSAや、NETに繋がるかもと期待して滑り込み早速試してみたらメールもできない(`´)今度こそ仕方ないので不貞腐れてウィスキーを引っ掛けながら読書して寝た。
絵が描ける、そう思ったら、戸隠鏡池の黄葉が脳裏に浮かんだ。あそこは今が絶好機。伊那は紅葉いまだしかも、上高地は描いた絵の運搬問題が解決していない。現ナマが鏡池にある。決断は速かった。松本ICで下りて、即下り線に入り直した。信濃町ICで下りて戸隠へ。
絵を描きだしたら戸隠山の空は雲に覆われっ放し。しかし太陽は出ていて風景は明るかった。
午後1時に筆を措き、シェーネのマスターから教えてもらった《小鳥ヶ池》に行ってみた。予想外に絵になる風景。で、後で紹介。
夕方三度梓川SAを目指していたが、更埴JCTで気が変わり、明日は妙義山で描くことにして長野自動車道と別れた。明朝は軽井沢碓井ICで下りるつもり。それでNET接続可のSA・PAで泊まるつもりで順次試していった。最初は東部湯の丸SA、メールは繋がったがインターNETが不可。次はここで泊まるしかない佐久平PA、全然反応なし。仕方ないので食堂で「佐久鯉そぼろ重」650円で夕食を済ませ、寝ながら読書する準備をしていたら、妙義山へ行くのなら軽井沢碓井の次の「松井田・妙義IC」の方が正解かもと地図を調べたらその通り。それで横川SAを宿泊地に変更。何せSAや、NETに繋がるかもと期待して滑り込み早速試してみたらメールもできない(`´)今度こそ仕方ないので不貞腐れてウィスキーを引っ掛けながら読書して寝た。
2010年11月1日月曜日
11/1(月)戸隠・鏡池で描いていたら雨に見舞われた
「梓川SA・下り」で昨夜は午前2時近くまで読書。雨音が強くなる一方でどうせ明日は絵を描けず一日セレナの中と割り切って。今朝7時半に目が覚めたら雨音がしない。晴れてはいないが降りそうな感じでない。戸隠に向かった。信濃町ICで下りる頃には青空の方が多くなった。戸隠鏡池の黄葉風景は光が溢れていた。西岳のてっぺんの雲はとれそうもなかったが、黄葉と山の青味の対比を絵にするつもりなので差支えないと思って描いた。昼過ぎ雨に見舞われた。片づける暇も有らばこそ、という感じ。寒冷前線が通過したらしくて、雷鳴がし、気温が一気に下がった。濡れた体が震えた。絵はP6のキャンパスに描いていた。小品。腕慣らしのつもり。中途半端でも遺憾に思わない。それにしてもキャンパスと絵具の相性は悪い、絵具が乗らない。油を吸う紙ボードの方が良い。絵の続きは、駐車場のセレナの後ろドアを撥ね上げて雨を凌ぐ屋根にして描いた。
今居るのは「梓川SA・上り」。もし明日晴れたら上高地か伊那に向かうつもりでここに居る。ここは二股掛けるのに好都合。ポツポツと雨音がする、怪しからん(`´)。
今居るのは「梓川SA・上り」。もし明日晴れたら上高地か伊那に向かうつもりでここに居る。ここは二股掛けるのに好都合。ポツポツと雨音がする、怪しからん(`´)。
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