2013年10月2日水曜日

〇9/22(日)埼玉県川越市「喜多院」。重文建築物の宝庫。


喜多院(きたいん)は、埼玉県川越市にある天台宗の寺院。良源(慈恵大師、元三大師とも)を祀り川越大師の別名で知られる。建物はほとんどが重要文化財に指定され、寺宝にも貴重な美術工芸品を多く有する。広大な境内は池や掘を廻らせた景勝地となっている。境内にある五百羅漢の石像も有名である。
平安初期の天長7年(830年)、淳和天皇の命で円仁(慈覚大師)が建立し、当初は無量寿寺と号した。慶長4年(1599年)、徳川家の尊崇が厚かった天海僧正が第27世住職として入寺し、寺号を喜多院と改めた。寛永15年(1638年)、川越大火で山門と経蔵以外の伽藍を焼失するが、翌年、徳川家光の命で、江戸城紅葉山御殿の一部を移築した。これが今に残る客殿、書院、庫裏である。
国の重要文化財
○客殿(附:渡廊)
○書院
○庫裏(附:玄関・玄関広間・渡廊及び接続室〔合1棟〕)
○慈眼堂(附:厨子)
○鐘楼門(附:銅鐘)
○山門(附:棟札)
紙本著色職人尽絵 六曲屏風一双 狩野吉信筆
宋版一切経 4,686
太刀 銘友成(附:糸巻太刀拵)
銅鐘 正安2年(1300年)銘
↓重文・山門

 山門付属の番所
 番所を表側から見た。
 山門を潜って境内を見る。
 重文・鐘楼門

鐘楼門。道路側から見た。
 ↓小山を昇ると重文・慈眼堂がある。
 重文・慈眼堂
 慈眼堂内部の厨子。
 慈眼堂
 水屋。傍の桜の木の背後に多宝塔が建っている。
 多宝塔。埼玉県指定文化財。


 ↓境内図。下に「仙波東照宮」が示されている。
 以下、五百羅漢。


 本堂


大黒天堂。本堂横にある。

   重文・客殿、書院、庫裏の配置図。
 重文・庫裏
〇以下、絵葉書より。
↓重文・客殿と書院
重文・客殿
徳川三代将軍家光公誕生の間、客殿。
春日の局・化粧の間、重文・書院。
重文・紙本著色職人尽絵 六曲屏風

2013年10月1日火曜日

〇9/21(土)山梨県甲州市塩山「雲峰寺」。重文・仁王門、本堂、庫裏、書院を探訪。


雲峰寺(うんぽうじ)は、山梨県甲州市塩山上荻原にある寺院。臨済宗妙心寺派の寺院で、本尊は十一面観音像(裂石観音)。
甲府盆地東部を流れる笛吹川支流の重川上流部、青梅往還を大菩薩峠へ向かう登山道沿いに立地する。夕暮れ時だったので、大菩薩峠から下山する登山客に多く出逢った。寺伝によれば、もとは真言宗もしくは天台宗寺院。
天正10年(1582年)に武田勝頼が一族とともに天目山の戦いで滅亡した時、武田家の家宝である 「日の丸の御旗」 「孫子の旗」 「諏訪神号旗」 などを山伝いに運んだといわれ、寺宝として保存され現在も宝物殿で見ることができる。
重要文化財
本堂
庫裏
書院
仁王門
↓重文・仁王門




 
 
 ↓境内中央に大桜が生えている。
 大桜と本堂
 以下、本堂。
 
 
 ↓以下、庫裏。
 
 左・本堂、右・庫裏。
 ↓茅葺屋根が書院。だが、これ以上は見えない。左端は本堂、右端の屋根は庫裏。
 
 ↓宝物殿
これで山梨県内の探訪を終えて、夕日の沈むのをフロントガラス越しに見ながら中央道に入り埼玉県川越に向かう。途中、初狩PAで野宿。

〇山梨県笛吹市「慈眼寺」。重文・本堂、鐘楼門、庫裏を探訪‥したら(/_;)

慈眼寺(じげんじ)は真言宗の名刹。武運長久の祈願所として武田家の保護を受け伽藍が整えられたが、天正10年(1582)に織田信長の兵火により焼失。江戸時代前期に再建された。
↓慈眼寺には農道を幾曲がりもしてやっと辿り着く。探索に大苦労した。辿り着いてみると、この有様。
これが鐘楼門の現況。
鐘楼門はこんなに優雅だそう。
 
↓境内は全面的に「重要文化財・慈眼寺、鐘楼門・本堂・庫裏修理事務所」に占拠されている。駐車すら困難。片隅に何とか駐車したら、工事関係者に何の用かと執拗に訊かれた。すっかり邪魔者・変人扱いされた。とどのつまり「アぁ、追っかけかぁ(-"-)」。重文探訪に「追っかけ」ということがあるか(`´)。「オタク」と言いなさいf(~_~;)。
↓右が本堂、左が庫裏らしい。
↓これが庫裏らしいんだが。
ひとの撮った庫裏の写真。
 
↓本堂
これが、本堂正面写真らしい。
どっちにしてもいつか再訪しないとケリがつかない。

〇9/21(土)山梨県山梨市「清白寺」。国宝・仏殿、重文・庫裏-探訪。


清白寺(せいはくじ)は、山梨県山梨市にある寺院。宗派は臨済宗妙心寺派、本尊は釈迦如来。
清白寺は正慶2年(1333年)あるいは観応2年(1351年)の創建。『甲斐国志』によれば開基は足利尊氏で、国家安泰戦勝祈願所として創立し、二世住職で夢窓疎石の高弟清渓通徹により開創され、清渓が師の夢窓を開山と位置づけている。
総門―放生池―三門(鐘楼門)―仏殿―本堂が一直線に並ぶ、禅宗形式に沿った配置となっている。
文化財
仏殿 国宝。身舎(もや)組物の墨書銘によれば応永22年(1415年)の建立。入母屋造、檜皮葺小形の方三間裳階(もこし)付形式で、大規模仏殿に用いられる意匠をそのまま小型化した建築であると評される。
庫裏 国の重要文化財。元禄26年(1689年~1693年)に再建されたと考えられ、江戸時代中期の禅宗寺院庫裏として貴重である。
↓「海涌山・清白禅寺」。実は今回が二度目の訪問。前回訪れた時は、この参道前の公道は・細い農道で、寺院探索に苦労した。現在・二車線歩道付きの立派な道路に改修中で、様相一変。国宝・仏殿があるが故の効果だと僕は推察する。参道両側に梅の古木が50本ほど生えていて、地元では梅の寺としても有名。

 総門
 
 総門を潜ると、三門(鐘楼門)が見えてくる。
 三門・鐘楼門
 三門を潜ると、国宝・仏殿が見えてくる。
 国宝・仏殿、正面。
 
 仏殿・側面。
 仏殿、斜め後ろから見る。
 仏殿、背後から見る。
 本堂
 仏殿、真後ろから見る。
 式台、本堂右横に繋がる。
 重文・庫裏。式台の右側に繋がる。
 重文・庫裏、正面。
 庫裏。斜め前方から見る。

〇清楚感がある禅宗寺院。拝観料は取らない。檀家が多そう。