2012年9月25日火曜日
〇中山道・道中、「男滝(おだき)・女滝(めだき)」
↓ 女滝
↓ 男滝
□この後、妻籠宿を経由して国道19号線に入る交差点に着いた。そこで塩尻方面に行くつもりで左折した。方向感覚が錯覚を起こしていた。本当は右折すべきだった。進んで行ったら何とまた馬篭方面に南下中の案内標識が出た。と、その標識の中に「日立(ひだち)の滝」もこの方向にありとの案内が。馬篭峠の茶屋で見た観光ポスターの「日立の滝」。気が変わり、この滝を探訪して帰ることに。それは、魔の谷への誘惑・地獄の選択であった。
〇旧中山道を訪ねて。馬篭から馬篭峠を経て妻籠へ。
〇馬篭宿を出て直ぐに旧中山道が残って顔を出している。
↓ 中山道がまた顔を出す。
上野中山道が、主要地方道を跨いで↓の旧中山道につながる。左の石碑には「梨子の木坂」と書いてある。
「梨子の木坂」を上るとほどなくまた主要地方道に顔を出す。
しばらくの間、主要地方道が旧中山道と重なる。道路標識には、右馬篭宿・左妻籠宿と書いてある。
「中山道」と刻した石碑。二車線の主要地方道が中山道と重なっていますという趣旨。
↓ ここで旧中山道が、主要地方道と別れる。
以下、中山道を行く。
生活道路になっている。
熊野神社がある。
神社の高台から、中山道沿いの村を眺める。
熊野神社の前からさらに続く中山道。この先直ぐに主要地方道に入る。
↓ 主要地方道=中山道を行くと「馬篭峠」に着く。
↓ これは馬篭峠から下った道がまた主要地方道に合流する地点。
合流地点からちょっと旧中山道を戻ってみた。
↓ この道は主要地方道から分れた旧中山道らしい。この道を辿ると「男滝・女滝」に至るらしい。
↓ 中山道がまた顔を出す。
上野中山道が、主要地方道を跨いで↓の旧中山道につながる。左の石碑には「梨子の木坂」と書いてある。
「梨子の木坂」を上るとほどなくまた主要地方道に顔を出す。
しばらくの間、主要地方道が旧中山道と重なる。道路標識には、右馬篭宿・左妻籠宿と書いてある。
「中山道」と刻した石碑。二車線の主要地方道が中山道と重なっていますという趣旨。
↓ ここで旧中山道が、主要地方道と別れる。
以下、中山道を行く。
生活道路になっている。
熊野神社がある。
神社の高台から、中山道沿いの村を眺める。
熊野神社の前からさらに続く中山道。この先直ぐに主要地方道に入る。
↓ 主要地方道=中山道を行くと「馬篭峠」に着く。
馬篭峠に茶屋があり老夫婦が細々と営んでいる。ボクは氷水を注文して一服した。その際、店内に貼り出された観光ポスターで「田立の滝」の存在を知った。このことが、この後ボクに思いもしなかった運命をもたらすことになろうとは‥‥
馬篭峠から旧中山道の下り道がある。↓ これは馬篭峠から下った道がまた主要地方道に合流する地点。
合流地点からちょっと旧中山道を戻ってみた。
↓ この道は主要地方道から分れた旧中山道らしい。この道を辿ると「男滝・女滝」に至るらしい。
2012年9月24日月曜日
〇中山道を落合宿石畳道から信濃・美濃国境峠を越えて馬篭宿まで辿る。
〇落合宿石畳道から中山道を馬篭宿へ辿る。
白っぽい舗装をした道が旧中山道。直ぐに峠に着く。
「一里塚古跡」石碑
↑ 一里塚は、徳川秀忠が諸街道を整備したとき、江戸日本橋を起点に一里毎に築かせた塚。塚は方五間(約9.1m)で街道の左右に築かれた。旅人に距離を知らせ、また塚の上に植えた木が休憩の場を与えた。
↓ 復元された新茶屋峠の一里塚。松が植えられている。
↓ 反対側の一里塚。榎が植えられている。
「新茶屋の一里塚」石碑
↓ 「是より北・木曽路」の石碑。字は、島崎藤村揮毫。
↓ 芭蕉の句碑
「送られつ 送りつ果ては 木曽のあき」
新茶屋峠バス停前のセレナと中山道
「信濃美濃・国境」石碑
↓ 左の建物は峠の新茶屋。前の道は中山道。以下、中山道を行く。
↓ 雲を被った恵那山
↓ 馬篭宿に近づいた。
馬篭宿下入口
馬篭宿上入口
上入口にある高札場
「一里塚古跡」石碑
↑ 一里塚は、徳川秀忠が諸街道を整備したとき、江戸日本橋を起点に一里毎に築かせた塚。塚は方五間(約9.1m)で街道の左右に築かれた。旅人に距離を知らせ、また塚の上に植えた木が休憩の場を与えた。
↓ 復元された新茶屋峠の一里塚。松が植えられている。
↓ 反対側の一里塚。榎が植えられている。
「新茶屋の一里塚」石碑
↓ 「是より北・木曽路」の石碑。字は、島崎藤村揮毫。
↓ 芭蕉の句碑
「送られつ 送りつ果ては 木曽のあき」
新茶屋峠バス停前のセレナと中山道
「信濃美濃・国境」石碑
↓ 左の建物は峠の新茶屋。前の道は中山道。以下、中山道を行く。
↓ 雲を被った恵那山
↓ 馬篭宿に近づいた。
馬篭宿下入口
馬篭宿上入口
上入口にある高札場
登録:
投稿 (Atom)
