2018年6月27日水曜日

〇《イザベラ・バードの旅》5-2(水)日光~鬼怒川温泉~竜王峡~山王峠~南会津田島

〇この日は午前中東照宮・金谷邸跡等を見学し、それから日光輪王寺前の「勝道上人銅像」を出発点として日光西街道を一路北上し西会津を目指す。
 「小百(こびゃく)」の字を通った。イザベラ・バード旅行記を追跡するボクの旅の眼目は、彼女の旅行記に出てくる地名は残らず探訪することだった。それが最初に出てくる「小百」の地名が旅行計画を立てるために地図をどれだけ検索しても見当たらない。結局「小百」の地名を発見できないままに旅に上った。それが日光北街道を東に辿り始めてしばらくして山に入る田舎道が分岐する三叉路に「小百」行きの標識を発見した。今は会津西街道は国道バイパスとなり立派な大道となっているが、往時の会津西街道は山間を縫って行く思いの外の小道だったらしい。
↓「小百」から山道を抜けると立派な国道バイパスとなっている会津西街道に出る。「小佐越(こさごえ)」という所


↓「藤原」という集落を通過
↓「鬼怒川温泉」。楯岩橋から見ている。大温泉。東武鬼怒川線がここを終点として伸びてきているのが盛況の元だろう。



↓鬼怒川温泉と川治温泉の間に「龍王峡」という名勝らしき観光地があったので寄ってみる
「五龍王神社」

↑↓同じ滝を別角度から見ている
 五龍王神社
この峡谷の両岸に渡って周回するトレッキングコースが売り物らしい。ボクとはあまり縁のない観光地。


↓川治温泉駅。鬼怒川温泉駅までは東武鉄道鬼怒川線が乗り入れ、そこから以北は「野岩(やがん)鉄道」が繋ぎ、さらに会津の途中から会津鉄道会津若松線が繋がって行く。
川治温泉は駅から離れている。温泉街は大きくない。


「五十里(いかり)ダム」。イザベラが通った道は湖底に沈んでいる。


「三依(みより)」。
↓野岩鉄道「中三依温泉駅」


↓「上三依温泉駅」


↓上三依で渓谷美を発見。若葉が初々しい。




「横川」
  ↓福島県に入る。イザぺラが苦労して越えた「山王峠」をトンネルで一潜り。
↓「糸沢」
↓「山王大橋」。背後の山は往時山王峠で越えた山だろう。


↓会津西街道「道の駅たじま(田島)」。この夜はここで宿泊。雨がひどくなった。


2018年6月26日火曜日

〇6-17(日) 郡上市白鳥「白山神社長滝寺(ちょうりゅうじ)」修験道の本拠地。美濃飛騨口白山禅定道出発地

〇白山信仰修験道の三大登山口――加賀口「白山ヒメ神社」、越前口「平泉寺白山神社」を訪ね、今日は最後の美濃飛騨口「白山神社長滝寺」を参拝する。この寺社の特徴は、修験道時代の境内が相当そのまま残されていること、かつて御師(おし)と言われる社人が中部・東海・関東・近畿に白山信仰・白山登山のツアーを売り歩いたこと(伊勢神宮の御師と同じ役割)、重文仏像が9体も護持されていること。
↓隣接してJR長滝寺駅がある。二本の石碑には、右に「表本宮白山神社」、左に「天台宗白山長滝寺」とある。
 「白山文化の風 霊峰白山への道 1300年の歴史が語る美濃馬場」

 ↓参道の両側に往時の坊跡が並んでいる。御師が各国に白山登山ツアーを売り込みに出た。ツアー客の宿泊所にもなった。
 ↓明治27年作成絵図。美濃馬場から白山登頂を目指す時必ず通ったのが、
 阿弥陀ヶ滝と、
 石徹白(いとしろ)の大杉。大杉は登山口に立っていた。

  ↓護摩堂
 護摩を焚く場所

 ↓石燈籠と背後に拝殿
 石燈籠
 拝殿。稀に見る巨大さと荘厳さを誇る

 〇拝殿背後に本殿が三棟建っている。
↓中央の本殿は白山御前峯の神を祀る

 ↓向かって右に白山別山の神

 ↓向かって左に白山大汝峯の神

 ↓三つの神門が並ぶ
 ↓三つの本殿が並ぶ。手前が白山大汝峯の神を祀る本殿
   ↓白山大汝峯の神を祀る本殿
 ↓長滝天満宮
↓長滝寺大講堂。本堂は焼失
 この講堂は再建されたが、焼失前の大講堂の規模は現在のものとは比較にならないほど大規模だったそう。
 ↓講堂前の宝篋印塔
 ↓薬師堂
 ↓弁財天堂。左側に「延年水」という霊水が湧く。山中に湧く石清水だそう。
 ↓瀧宝殿。重要文化財・釈迦三尊像、四天王像、韋駄天像等9体の仏像が安置されている。
 〇重文・釈迦三尊像
 ↓美濃から見る白山連峰。