2010年3月15日月曜日

3/13(土)、札幌から苫小牧へ。

北海道神宮に寄った。




























彼方に神門が見える。















手洗水は真清水。

















神門。
















拝殿。
















この後、「どんぐり」というパン屋さんに寄り、昼食は新千歳空港近くの何とかいう覚え難い名前のレストランで摂った。パンも食事も絶品。北海道は食材からして違う、素晴らしい。この後、母子の本日のメインエヴェント、アウトレット「レラ」探訪へ。空港近くに在る。
苫小牧に着いてその工業地域・港湾のスケールの巨大さに驚かされた。新日本海フェリーの発着場は新港(いわゆる苫東(とまとう))に在る。旧市街地・旧港からは20kmも離れているのだ。昔は小樽港が札幌の外港の役割を果たしていたが、現在は苫小牧港がその役目をしているらしい。
苫小牧市 人口173,969
フェリーは想定外に巨大で立派。2万トン超の豪華船。稿を改めてその雄姿をお送りする。

3/12(金)、三女の卒業式・謝恩会。北海道当別町・札幌。

北海道当別町の大学で卒業式。















母親然としてるのは実母・女房。父親然としてるのは、女房のいとこの北川氏、札幌在住。北川氏ご夫妻には、三女・娘が6年間親身のお世話になった。娘の級友達は北川氏を父親と思い、撮りまくっていたこの僕をカメラマンか何かと勘違いしてたらしい。

































北川愛子さん。


















夕方から札幌に移って謝恩会。





















































































この夜は親子3人、JR札幌駅北口のホテル・ルートインで宿泊。三女は昼にアパートを引き払っていた。

3/15(月)、オシドリ発見!

エストへコーヒーを飲みに出たら鷹合川の土手で聞き慣れない鳥の声が耳に、ピーピー。いつも居るカルガモの鳴声はガーガ―。見回すと‥見馴れぬカモを発見。
































これはオシドリでしょう。
この他にも普段見ない鳥を2種類発見したが、撮り損なった。渡りの季節なんだろう。それにしても愛用のデジカメを失った痛手は大きい。

2010年3月12日金曜日

3/11(木)、富山空港から羽田経由で札幌へ。

富山空港から羽田空港に行くコースは、茨城県に出て房総半島付け根に南下する。小松空港からだと、白山を越えて愛知県に出て東海の海岸線を北上して房総半島先端に出る。地理好きには堪えられない高みの見物が出来た。始め岐阜県上空だと思いこんでいたら、栃木県上空だった。やっと関東北部だと気が付いたのは那珂川辺りf(~_~;)。水戸市の上空から南下して北浦・霞ヶ浦が眼下に見えてきて漸く地名が理解できた。利根川が見え、遥かに河口・銚子市・犬吠﨑が見えた。印旛沼の残滓も見えた。そして東京湾上空で主翼越しに見えた富士山。











札幌駅で三女と合流。昼食は「奥芝商店」のスープカレー。これが流行っていて予約しておいて席が空くまで三女の運転で円山公園などを一周、30分後に席につけた。美味しいの辛いの何のって。
夕方、三女がお世話になりっぱなしの北川さん御夫婦の好意に甘えて、中島公園内の「豊平館」で御馳走にお呼ばれ。
































































この建物、国指定の重要文化財。
明日は三女の卒業式が当別町の大学であり、謝恩会は札幌駅前のニューオオタニで。雨が降らずに本当に好かった。

2010年3月9日火曜日

吉田洋子氏作の花瓶

真冬に逆戻りしたかのように寒い日。霙が舞う中セレナで吉田洋子氏宅に伺い花瓶を頂戴してきた。





















光の反射や反映が面白かろうてf(^_^;)。季節の花を生けて静物画を描く!(^^)!
ところで今日も椿庵で色々話しをさせて貰った。彼女を廻る伝説の数々についてもf(^_-)。取材しているつもりが、いつの間にか取材されていたりしてf(~_~;)。彼女、女房との接点が意外に多い(゜o゜)。

2010年3月8日月曜日

『椿庵』の亭主

















ギャラリー『椿庵』に到着。亭主は彫刻家『吉田隆』氏&陶芸家『吉田洋子』氏。看板に『雪山』の銘があった。吉田雪山氏に違いない、七尾土着の著名な彫刻家、吉田隆氏の尊父。















入口で吉田隆氏の作品が客人を迎えてくれる。















↓これは、吉田家の長女『もも』さんの誕生記念に『吉田雪山』氏(祖父)が七尾の街の植木市で買ってきて植えてくれたという桃の木だろうか←後で確認したら、これは梅の木f(-_-;)。未だ蕾。背景の建物は工房。















この木を撮っていたら、椿庵から若い女性が出て来て目で会釈し、それから彫刻工房の戸を開けて姿を消した。金沢美大彫刻科に入学した『もも』さんだと分った、初めての出会いだが。彼女の母・吉田洋子氏のブログに度々登場するので、読んでる僕の方は顔馴染み。
↓水盆の中に散らしてあるのは椿の花。黒い建物が『椿庵』。

























































白梅&まんさくの花↓。
















いよいよ『椿庵』の入口近し、という感じ。ちょっと緊張f(^^ゞ 
緊張するのは、ここの亭主『吉田洋子』氏が只者でないから。実は彼女と女房は小松高校の同窓生で、女房は彼女の情報をなんやかやと持っている。彼女の生い立ちや結婚などにまつわる女房の話は数奇・劇的・痛快無比でまるで小説・物語のよう。話だけでない、僕の脳裏には彼女の強烈な印象が残っていた。それは三女(末っ子)が幼稚園児のときだから今から20年より前のこと。彼女の長男も同じ幼稚園児だった。或る夏の宵、幼稚園の納涼盆踊りがあって、彼女は着物姿で踊った。その着こなしも踊りっぷりもまるで浮世絵から抜け出した様に艶やか。目を奪われたのは僕だけではなかった、彼女は金沢の着物女王だという噂が耳に入った。
そして彼女の先日のブログ記事。

70歳の晴れの舞台

「昭和8年生まれの母が70歳を目前に金沢音楽堂の邦楽ホールの舞台に立ちました!今から8年前!今年77歳です。あの時も坐骨神経痛で舞台の前日に立てなくなりあきらめかけていたのですが奇跡的に最後までこの重い本衣装を付けて踊ることが出来ました。小学生だった娘たちも幕が上がった時、ちゃーちゃんのあまりの変わりよう?に目が点になっていました。母は小さい頃より踊りが好きでこの舞台の踊りも素晴らしいものでした。13歳のときに中国より引き揚げておじいちゃんの実家がある小松に命からがらたどり着いたそうです。肝心のおじいちゃんはシベリアに抑留されていて、それはそれは苦労したようです!高校生のときも学費が払えず、学校の帰りに出げいこをして学費を稼いでいたそうです。娘の私が言うのもおこがましいのですが母の踊りは本物です。3年ほど前より骨折したり、狭窄症で足腰がめっきり衰えてしまいましたが何とかこのときのことを思い出して今を乗り切って元気になって欲しいものです。」
この写真を見て感動。70歳にして完全に絵になっている。この人の若いときはさぞや浮世絵的世界を現出させたことだろう。この母にしてこの娘(こ)あり。
僕は何処でも遠慮なく写真を撮るが、『椿庵』ではいつになく遠慮が先に立った。只者でないと思っている女性に対してつい表敬したのだろう。『椿庵』で抹茶とウーロン茶をお呼ばれし、作品を長時間堪能させて貰った。が、結局庵の中では一枚も撮らず終い。長女の『もも』さんが現れた。親子で硝子戸越しの林に遊びに来る鳥達の話をしていた。「昨夜フクロウが来てたよねぇ」「ホッホーて鳴いてたよねぇ」その時だった、洋子氏が言った、「あっ、ヒヨドリが来たっ」僕は慌ててデジカメを手にして撮った。椿の花をつついていた。



































ヒヨドリ 
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
Brown-eared Bulbul 1.jpg
花瓶を一つ購入。光の反射が面として楽しめそうで、花を生ければ面白そう。近々椿の赤い花を生けて描いてみよう。
『もも』さんは性に合った道を歩んでいるように見えた。環境は最高。きっと幸せになる、芸術家になれる。