↓ 南大門
2011年6月25日土曜日
6/5(日) 奈良「大安寺」
大安寺は日本最古の寺の一つ。その縁起はゆかしい。先ず聖徳太子が平群の地に「熊凝精舎」を建立。遺言でこの一院を国の大寺にするよう、舒明天皇に託す。天皇は日本最初の官寺である「百済大寺」を建立。次いで飛鳥藤原京で「高市大寺」になりさらに「大官大寺」になった。そして平城遷都に伴い現在地に移されて「大安寺」となった。南都七大寺の一つ。
↓ 南大門
南大門を潜ると、傍に往古の南大門の礎石跡を示すモニュメントが置かれている。奈良時代の南大門の壮大さが想像できる。当時、南大門の前(南)には、東塔と西塔が建っていた。七重の塔だった。
南大門を潜ると目の前に、奈良時代の中門の位置を示す石碑が立っている。石碑の背後の林の中に立っているコンクリート建物は讃仰堂(宝物殿)。
↓ 南大門
2011年6月24日金曜日
6/24(金) 単細胞生物と高等生物の間
高等生物と単細胞生物は全く別モノの様に見える。が、その間には一つの単純な原理があるだけ。
単細胞生物も高等生物も、生命の基盤が細胞にあることは全く同じ。高等生物とは多細胞生物のこと。ところで細胞の始まりは、酸素と栄養に恵まれた海の中で海水の微量を膜で囲って独自の環境を作り出したことにある。細胞膜が形成されたとき、生命誕生の第一歩が踏み出された。その前に、光エネルギーが海面近くでアミノ酸(単純な蛋白質)を多種類合成し、漂うアミノ酸の密度が増したとき、アミノ酸が種々に結合して様々な形態の大蛋白質が形成されるという前史があった。大蛋白質の中に、囲って閉じる形態のものが発生した。それが細胞膜。細胞膜内の環境が一定の平衡状態に保たれるようになったとき、それを生命誕生という。誕生した生命を細胞という。細胞が分裂能を身に着けたとき、細胞は単なる個体から種族になった。細胞は当初分裂する毎に分かれた。分裂しそしてそれぞれが自立した個体になった。が、そのうち分裂しても別れずに集合化していく細胞分裂が生じた。分裂しそしてくっ付いたまま膨れていく。しかし無限大には膨れない。内奥に取り残された細胞は酸素と栄養に恵まれず死滅する。内部の細胞も生きていける構造として内腔が形成された。内腔だけでは酸素・栄養に恵まれない細胞を生かすために血管・血液細胞が生じた。内外の情報を伝えるために神経細胞が生じた。骨組みを作るために骨髄細胞が生じた。そして無用の細胞には酸素・栄養が供給されず死が与えられた。こうして細胞が組織化され、高等生物化した。単細胞生物から高等生物へと進化するためにはただ一つの原理があった。単細胞が分裂しても分離しない性質の単細胞・細胞膜の出現。人間は超多細胞の生物であるが、ただそれだけのものと言えばその通り。単細胞生物と高等生物の間は一瀉千里。
単細胞生物も高等生物も、生命の基盤が細胞にあることは全く同じ。高等生物とは多細胞生物のこと。ところで細胞の始まりは、酸素と栄養に恵まれた海の中で海水の微量を膜で囲って独自の環境を作り出したことにある。細胞膜が形成されたとき、生命誕生の第一歩が踏み出された。その前に、光エネルギーが海面近くでアミノ酸(単純な蛋白質)を多種類合成し、漂うアミノ酸の密度が増したとき、アミノ酸が種々に結合して様々な形態の大蛋白質が形成されるという前史があった。大蛋白質の中に、囲って閉じる形態のものが発生した。それが細胞膜。細胞膜内の環境が一定の平衡状態に保たれるようになったとき、それを生命誕生という。誕生した生命を細胞という。細胞が分裂能を身に着けたとき、細胞は単なる個体から種族になった。細胞は当初分裂する毎に分かれた。分裂しそしてそれぞれが自立した個体になった。が、そのうち分裂しても別れずに集合化していく細胞分裂が生じた。分裂しそしてくっ付いたまま膨れていく。しかし無限大には膨れない。内奥に取り残された細胞は酸素と栄養に恵まれず死滅する。内部の細胞も生きていける構造として内腔が形成された。内腔だけでは酸素・栄養に恵まれない細胞を生かすために血管・血液細胞が生じた。内外の情報を伝えるために神経細胞が生じた。骨組みを作るために骨髄細胞が生じた。そして無用の細胞には酸素・栄養が供給されず死が与えられた。こうして細胞が組織化され、高等生物化した。単細胞生物から高等生物へと進化するためにはただ一つの原理があった。単細胞が分裂しても分離しない性質の単細胞・細胞膜の出現。人間は超多細胞の生物であるが、ただそれだけのものと言えばその通り。単細胞生物と高等生物の間は一瀉千里。
2011年6月23日木曜日
6/23(木)梅雨入りではないか。花菖蒲の季節。
ムシムシと暑い、時折雨も降る。北陸も梅雨入りではないか。
五月にアヤメが咲いていた裏の土手道に、似た様な紫の花が開いた。
↓ 花弁の基部に黄色の線状マーク。∴これは「花ショウブ」。線状マークが白いと、それは「カキツバタ」。基部に文目(あやめ)紋があると「アヤメ」。
↓ 羽黒トンボが今日から一斉に羽化して飛び回り出した。コヤツらはジメジメした藪蔭を好む。羽化記念に撮影。
五月にアヤメが咲いていた裏の土手道に、似た様な紫の花が開いた。
2011年6月22日水曜日
6/22(水) もう夏至だとは、驚きッ(゜o゜)
今日は夏至だそう。えっ、とビックリ。年末年始旅行で西海・長崎に行き、冬日の短さに嘆息していたのがつい昨日のよう。長崎で大雪に祟られた思い出が強烈。それがもう夏至。死亡予定年齢70歳まで幾ばくもない余命の半年分が消えた。この調子じゃあ70歳はまるで近い、冗談抜きに。好きな道に奔走する、その入れ込み度を加速させないととても間に合わない。目標は、日本全土の風景・文化財で見るべきほどのモノはすべて見る。最後に、描きたいと思った絵を描いて死ぬ。それにしても余命は5年半。この半年、あっと言う間に過ぎ去ったこの半年を11倍に引き伸ばした時間しか吾輩はこの世にいない。その短さに愕然とする。時間の無駄使いは許されない。が、健康面に問題が出てきた。糖尿病・高血圧・動脈硬化・狭心症の方は節度ある生活をしているので小康を得ている。問題は貧血。血液検査の結果は悪化に傾き出した。裕先生は胃腸の検査が必要と言うのだが。立ち上がるのが辛い。立ち上がるとフラフラする。旅に出て山寺の坂道を登るときなど、辛くて死んだ方がマシという気になる。この齢じゃ、時間の有効活用の道は辛くて厳しい。吾輩の理想の死に方は、絵の道具を担いだまま路傍に倒れて死ぬこと――この理想に少し近づいた気はするんだがf^_^;。
2011年6月21日火曜日
登録:
投稿 (Atom)

























