2018年8月23日木曜日

〇8-8(水)西会津柳津町「福満虚空蔵尊霊場」重文「弁天堂」

〇「日本三所之一 福満虚空蔵尊霊場」 ボクは再訪
 山門

 石段が山門前後に続く 
 本堂
 本堂脇入口
 ↓本堂正面。前は舞台になっている。
 ↓舞台から見た阿賀野川水系の川
 霊宝館
 ↓庫裡・本坊
 ↓奥ノ院の重文「弁天堂」へ





 奥の院境内に本堂庫裡もある
〇近くで縄文土器が発掘されて展示されている。その展示館を見学してきた。大関栃東の出身地で、国技館に掲示されていた優勝掲額もあった。

2018年8月20日月曜日

〇8-8(水) 18年夏旅、福島県只見町「田子倉ダム・湖」

〇夏旅は前日8-7(火)から始まったのだが、その日の写真データがすべて紛失している。
 長岡市「金峯神社」、隣接の城跡と古寺。市郊外の「西照寺」。真宗寺院だが、親鸞聖人の重文座像がある。親鸞像で重文指定されているのはこの寺のものだけ。
 今は長岡市となった栃尾の「秋葉神社」とその別当寺たる「常安寺」。秋葉神社と言えば今は遠州秋葉山に鎮座する秋葉神社が本山とされているが、開祖は元はこの栃尾の秋葉神社のある所で修行し神通力を得たそう。広宣するために遠州に移ったそう。江戸時代に元祖争いが勃発し、大岡裁きではそう認定された。
 この夜は栃尾の「道の駅ルート290とちお」で野宿。
 データ喪失原因は不明。
〇只見から西会津に向かう。
先ずは只見町の「田子倉ダム」「田子倉湖」
↓田子倉湖。阿賀野川水系の水を貯めている。

 ↓「会(会津)越(越後)の窓開く 六十里越峠開道記念碑 昭和48年9月 内閣総理大臣田中角栄」
 ダム湖

 ↓田子倉ダム

 ↓見下ろす。発電所があり、ずっと向うに只見湖が見える。発電量は40万kw。巨大。小さい原発一基分。
 ↓只見湖。巨大すぎる田子倉ダムの放流の調整池の役割を果たす。
 田子倉ダム
 ダム全容
 ↓田子倉ダムの放流水を下流で貯水して「只見発電所」が設置されている。「只見ダム」と刻字されている。
只見ダムはロックフィル式ダム。
 只見発電所。出力6万5000kw
〇田子倉ダムのさらに奥に「奥只見ダム」がある。これはさらに巨大で発電量は56万kw(中型原発1基分)。田子倉ダムから奥只見ダムに行く道は人跡すらないという。一旦魚沼市小出に出てそこから林道スカイラインで行くらしい。因みに佐久間ダム(天竜川)の出力は147万5000kw(大型原発2基分)

2018年8月13日月曜日

〇8-13(火) 久慈市の小袖海岸探訪。小袖漁港が朝ドラ「海女ちゃん」のロケ舞台だった。「久慈琥珀博物館」も探訪。岩泉に立ち寄り「龍仙洞」に入る。一の関の道の駅厳美渓で宿泊。

朝八時、久慈の北・八戸の南の道の駅はしかみ(階上)を出発。久慈の市街を横切り「小袖海岸」に出る。昨夕訪ねた八戸の種差(たねさし)海岸は何の変哲もなかったが、小袖海岸はなかなか見応えがあった。この海岸、行き着くと何と朝ドラの「海女ちゃん」の主舞台となった小袖漁港。久慈市街に戻って今度は山中の「久慈琥珀博物館」へ。久慈は日本一の琥珀産出地だそう。恐竜の化石と一緒に琥珀が出る。午後盛岡に戻る途中、岩泉を通り有名な「龍仙洞」に入った。秋芳洞を見た者にとっては実に物足りない。もっとも足下の地底湖は美しく迫力があり、これが売り物らしい。盛岡ICから東北自動車道に入り、仙台方面の渋滞具合が気になったので一関ICで下りて今回も道の駅厳美渓に来てしまった。今夜はここで56回目の泊まり。明日は山形県に入り新潟経由で北陸自動車道で戻る。

2018年8月12日日曜日

〇8-12(日) 二戸から九戸までの探訪をすべて終え、今夜は八戸市南端の「道の駅はしかみ(階上)」に宿泊。

今夜は妻へのメールを書いたので、それをブログに代用。悪しからず。疲れたのです。
「御無沙汰してますが、そちらは相変わらず元気だろうと特に心配していません。ボクの方はこなした旅程を見て貰えば分ると思います。一日目(火)長岡・栃尾。二日目(水)只見・西会津・会津若松・喜多方。三日目(木)米沢盆地・天童・村山。四日目(金)舟形(尾花沢と新庄の間)・一関・奥州(旧水沢)・東北道「PA北上金ヶ崎」。五日目(土)盛岡「小岩井農場」・岩手県「一戸町」。六日目(日、今日)「二戸」から「九戸」まで探訪して八戸市南端の道の駅「階上はしかみ」に宿泊。明日から帰路に就きます。明日はもう13日(月)です。まさに光陰矢の如し。二日ぐらいかけて帰れば丁度かなと思っています。無事に帰り着くことを最優先課題とします。お休みなさい。」
追伸「旅先での事件と言えば、二日目西会津の道の駅で虻に食われて指が一本丸二日間曲がらなかったことと、会津若松の飯盛山で白虎隊士の墓に参り自決した場所に降りた時に土砂降りに遭いデジカメをフイにしたことでしょうか。感動したことは、二日目の夕、喜多方の田舎の熊野神社でお目にかかった「長床(ながとこ)」(拝殿)の古く雄大で神がかった姿と(国宝級です)、五日目の朝「小岩井農場」で見た芝生の緑と森の黒そして遠景の岩手山の青が織り成す美しい絵を見れたことと、明治大正期の木造牛舎(上丸牛舎、一式が重要文化財)をそのままに今も日々営まれる酪農に貫かれる牧歌的精神に触れられたことです。宮沢賢治がこの農場を愛した理由が分ッたような気がします。岩手県北端から青森県東部にかけて一戸から九戸の地名を背負い続けてきた不思議な地域が存在して来た不思議さもその謎が解けかけたような気がします。耳を貸してくれれば解説を試みるつもりです。」

2018年8月11日土曜日

〇8-11(土) 盛岡「小岩井農場」。八戸への道中「一戸」から「九戸」探訪を決意

朝八時、PA北上金ヶ崎を出発。盛岡ICで下りて「小岩井農場」に入る。九時頃か。入園料800円。広々として芝生と林の緑の整備が行き届いていて心が洗濯されたように気持ちが好い。牧場の緑の芝生を前景に、その遥か背景に岩手山が青く浮かんでいて、風景が雄大で美しい。小岩井農場に来た目的は、重要文化財の上丸牛舎を見学すること。ボクは歩きに歩いて辿り着き目的を遂げた。大満足だったが疲れた。心臓が動脈硬化している。
午後一時、八戸自動車道に入り、一戸ICで下りた。岩手県北端から青森県東南部にかけて一戸から九戸の集落都市が分布している。ボクは少年時代からこの特異な地名の偏った分布が不思議で関心があった。今回八戸に行こうと思ったついでに一から九まで回ろうと決めた(四戸は元々ない)。一戸は人口13,000程の町だった。行き先の見当が付かないので町役場に行った。ら、これが大きくて立派。目立つのは「御所野遺跡を世界遺産に」という大きな態度の長大な垂れ幕。一戸町での探訪は「御所野遺跡」に決めた。行ってみたら展示館の大きくて立派なのに驚かされた。縄文遺跡の現地も歩き回ったが疲れた。二戸は市だがここも廻るつもりだったが時間と力が尽きたので近くの道の駅を探した。ら、最寄りの道の駅は何と九戸にある「道の駅おりつめ」。近所にコンビニもない田舎。道の駅で飲食物を調達して今夜はここで泊まり。明日は九戸の探訪から始まる。次は二戸。これらはまだ岩手県北端。

2018年8月10日金曜日

〇8-10(金) 山形県舟形町で発掘された「国法・縄文のヴィーナス」を知る。同町の「猿羽根(さばね)」峠に立って芭蕉が奥の細道で辿った古道を発見。岩手県一関市で猊鼻渓の探訪に失敗。奥州市で「黒石寺」「正法寺」「駒形神社」探訪。

今日午前中大成果を挙げた。道の駅「むらやま」を七時に発って北上し尾花沢を経て新庄へ行く途中の舟形町に入った。この町が「奥の細道」の道中の最高の秘密を蔵している。芭蕉の「奥の細道」によれば、芭蕉は尾花沢で一週間逗留した後「山寺(立石寺)」に行きそこの坊で一宿して最上川の河港「大石田」に行きそこで門人らと数日過ごしてそのまま最上川の川下りを楽しみながら羽黒山に向かったことになっている。ところが曾良の随伴日記によれば、芭蕉は大石田から舟に乗らず陸路を北上し尾花沢、「舟形」を経由して新庄に入りそこで二泊して門人たちと句会を催している。そして新庄から最上川の河港「本合海(もとあいかい)」に出て川下りをする。「奥の細道」で抹殺された「舟形」経由の「新庄」行きがどのコースを辿ったのか謎なのである。羽州街道を北上したことは間違いなかろう。問題は古道羽州街道はどこを通っていたかである。今舟形町にはトンネル一本で便利につけるようになっている。このトンネルが潜り込んでいる山の峠道が怪しい。ボクはそう目星を付けていたが、それを実証しようというのだ。手始めに「舟形駅」に入った。そこで意外にも舟形町の「西の前遺跡」から発掘された「縄文のヴィーナス」が数年前に「国法」に指定されていたことを知った。そこでひとしきり「西の前遺跡」の探訪に勤しんだが時間が早過ぎて(開館時間というものがある)成功しなかった。しかし本命の成果にありついた。走り回っているうちに、芭蕉の辿った古道羽州街道が「猿羽根(さばね)公園」の山頂を通っていたことを知ったのだ。猿羽根公園は過日の豪雨被害で土砂崩れが随所にあり、ここに到着するのが一日早かったら峠に立つことは出来なかった。道を開ける土木作業中の隙間を縫って運よく峠に辿り着いた。峠から見ると遠くに最上川が流れていた。峠の下に旧国道13号線の一部が垣間見えた。国道13号線は今は大規模なバイパスとなって別の所を通っている。
舟形町から奥羽山脈を横断して最上町・鳴子温泉・築館(つきのだて)を経由して岩手県一関市に出た。昼を回った頃か。ここで「猊鼻渓」を訪ねるつもりが「厳美峡」に来てしまった。厳美峡ならそこに道の駅があるので何度も来て泊まった。
奥州市(旧水沢市)に来て寺社探訪。「黒石寺(こくせきじ)」。「正法寺(しょうぼうじ)」。「駒形神社」(陸中一宮)。駒形神社ではまたも大雨。新調のデジカメが濡れてまたバカにならないよう守るのに精一杯。
東北自動車道に入って明日は盛岡「小岩井農場」に行くつもり。★Pに入り込んだ。今夜はここで宿泊。
二日目、西会津の道の駅金山で虻に指を刺された。四日目の今日、やっと痛みが引いた。

2018年8月9日木曜日

〇8-7(火)から恒例の夏旅に出ている。

8-7()朝、夏旅に出発。中部・西日本方面は猛暑なので東北方面に決めていたが、台風が小笠原から北上して来て北日本の天気を荒らしそうなので迷ったがやはり熱暑回避を優先。長岡市を目指した。何故長岡市か。探訪したことがないから。
それはそうと台風は今(8-9木現在)どこにいるのか。昨日(8-8水)は会津若松市の飯盛山で突如土砂降りにやられて愛用のキャノン光学40倍のデジカメをダメにした。カメラがなくては旅にならないので急遽ヤマダ電器を探して同型のカメラを入手した。24,000円弱。探したら走行中の大通りにあった。
今日三日目、喜多方市で「示現寺」に参拝し、福島山形県境の大峠を3,500mのトンネルで抜けて米沢市に入ったが、その昔家族旅行で喜多方米沢間を国道で越した時は当時日本一の悪路であったことは太鼓判。それが素晴らしく走り易い日本有数の国道に変じている。隔世の感がある。米沢市を過ぎて「亀岡文殊堂」、高畠町の「阿久津八幡神社」を探訪した。昼に「道の駅たかはた」でカレーライスを食べ、昼下がりに南陽町の「熊野大社」を探訪した。この神社の大社ぶりには驚かされたが、今日はもう疲れてしまった。心臓の調子が好くないのだろう。ので無理をせぬことにして山形市を素通りして「道の駅天童」に入って一休み。「山寺」も「若松寺」も探訪済みで天童では外に探訪する所がない。分っていたが一服したかった。明日の予定も消えていた。今朝の時点では山形市から蔵王を越えて仙台に出ることにしていたが、体調が良くないのでこだわらないことにした。天童ではかなり時間を消費したが、ここはどうも心が落ち着かない。はやり過ぎるし管理も厳しそう。宿泊する気が起こらない。そこで次の道の駅までやって来た。「道の駅むらやま」。ここがまた昼も夜も安らげる。ここで何度宿泊したことだろう。片手では足りない。到着は五時前だったが、既にここで宿泊することに決まっていた。ここのバイキング料理は特筆もの。明日は奥羽山脈を横断して岩手県の一関市・奥州市・花巻市を探索しようという雲行き。
昨日(二日目)、一昨日(一日目)のことは追々書こうと思う。順不同、時間前後滅茶苦茶になるが。