2011年5月30日月曜日

4/30(土) 播磨国「赤穂城址」










山鹿素行・銅像







4/30(土) 赤穂市「大石邸長屋門」

赤穂浅野藩・筆頭家老大石家三代が57年間住んだ大石邸の正面長屋門。大石家老屋敷の痕跡は今はこれしかない。主君の殿中刃傷事件を報せる早馬もこの門を潜り抜けたという。 この門の位置から見て、大石神社は、元の家老屋敷邸内に建立されていると思われる。神社は門を入った奥にあたる。

4/30(土) 赤穂義士「大石神社」

早朝、赤穂市の「大石神社」に着いた。 この列は、大石内蔵助率いる表門隊23名の義士像。だそうだが、全然似てない。まるで秦・始皇帝廟の地下から発掘された兵馬俑。それもそのはず、義士像の制作を依頼した先が、中国の兵馬俑修復技師だそう。発想が間違っている。造り直しだな。

この列は、大石主税率いる裏門隊24名の義士像だそう。秦の兵隊じゃないんだから、造り直しッ。


神門。朝早過ぎて立入禁止の柵がされたまま。

午前七時、やっと入れた。

拝殿

本殿

摂・末社

赤穂義士ガールズor討ち入りガールズ。時代、男の分まで頑張ってくれぇ。

赤穂城址から見た大石神社

4/29(金) 兵庫県加東市・国宝「朝光寺(ちょうこうじ)」

「国宝・朝光寺」のことは清水寺への道中で知った。道標の「国宝・朝光寺」の文字が目に印象的。御嶽山を下りた時、日没までにまだ間があった。ので、「国宝・朝光寺」を探訪することに。それが見つからない。該当地区をウロウロと行ったり来たり。それもそのはず、「国宝・朝光寺」は普通の寺でなかった。国宝なのに埋もれていたのだ。参道は、人跡稀な谷川沿いの昼なお暗い藪道で獣道に近い。傍に「つくばねの滝」が流れ落ちていて修験者でも出てきそうな雰囲気。
車通りの道から覗くと工事中の寺がある。近づいてみると…お目当ての「国宝・朝光寺」。何と保存修理工事中で本堂全体が工事シートで覆われている。

本堂側面

国重文・鐘楼

立入禁止用の工事柵でしっかりガードされていて境内に入れないので、山門を探しに行く。ウロウロした末にこの道しかないので辿ってみる。

「つくばねの滝」というそう。

あった、山門が。手前の表示板には、工事中につき立入を遠慮されたい、御用の方は近くの〇〇寺に連絡をとある。どうやら朝光寺専住の僧職はいないらしい。

仁王門


多宝塔
朝光寺の開基も、印度僧・法道仙人と伝承されているそう。
朝光寺を後にしてセレナを駆っていたら、朝光寺の祭礼ポスターを発見。その中に、本堂の絵があったのでデジカメで拝借。

4/29(金) 兵庫県加東市「御岳山(みたけさん)・清水寺(きよみずでら)」

御岳山・清水寺は標高500mの山上にある。有料の自家登山自動車道が開かれている。西国33所霊場第25番札所。大正2年、山火事の延焼により全山の伽藍堂宇が焼失した。歴史的価値のある建物は残っていない。大講堂・根本中堂などは再建されたが、多宝塔は再建されないまま。印度僧・法道仙人の創建と伝承される。

古代的な石段と石垣が続く。往古を髣髴とさせる。

石南花が見事。



薬師堂

薬師堂・本尊

大講堂を薬師堂から見る。側面が見えている。

大講堂の正面

本尊・千手観音座像(「日本の仏像14・三千院」より引用)
根本中堂へと登る石段の上から見た大講堂

地蔵堂

地蔵堂・本尊

根本中堂へ

根本中堂正面

根本中堂

根本中堂・本尊。厨子の中に納まり秘仏とされている。折角の参詣者のために堂内にこのような説明写真が用意されている。偶像崇拝のために造仏しておいてそれを秘仏化するという矛盾の極みを緩衝するためにこのような配慮を示すということは実に好ましい。本尊は十一面観音と見える。