2017年8月22日火曜日

〇8-15(火)兵庫県篠山市「長谷寺(ちょうこくじ)重文妙見堂」

〇但馬国北端の城崎から豊岡、丹後国福知山を経由して丹波国篠山の深い山中に入って漸く「長谷寺(ちょうこくじ)」に到着。妙見堂探訪は楽勝かと思われたが。
 長谷寺
 本堂兼本坊。住職も誰もかも留守。境内中探索したが、妙見堂は影も形もない
 〇麓の農家二軒を訪ねたが何処も留守。諦めかけたが踏み止まって村内を尋ね回ることに。ある家の前におばさんが出ていた。盆に帰省した息子の家族らしい人たちもいた。妙見堂の在り処を訊くと懇切に教えてくれたがボクには要領を得ない。ボクの顔色を見てそのおばさんが傍の軽トラに飛び乗り「ついておいで、教えるから」。ボクは恐縮しながら後に続いた。おばさんが示してくれたのが↓山裾の白い扉。

 〇よそ者でも自由に開けて入れるそう。出るときは必ず元通りに戸締りすることが定め。かんぬきを横にずらして開けるのは簡単。しかし観音開きの戸を開けるのは難儀だった。扉の下に鉄杭が付いていてそれを上に引き上げて開けるんだが、設備が古びていてなかなかうまくいかない。それでも何とか開けた。
 ↓車で山に登れる道がある。しかしハリアーは車体が大きすぎたのか途中の屈曲を曲がれなかった。タイヤが宙に浮きスリップしてずり落ちる
 ↓「廃真如庵妙見堂」。妙見堂前の後掲案内板によると「長谷寺妙見堂は、もとは深入寺の鎮守社だったと伝え、深入寺が文禄年中に廃寺となった後は、江戸時代の初頭に創立した長谷寺の所轄となったという。建物の建立年代は明らかでないが、様式や手法から見て、室町時代中期と推定される。‥」
 ↓山上が開けていてそこにお堂が二つ並んでいた


 ↓こちらが「妙見堂」重文
 ↓妙見堂は覆い屋の中にある。
 ↓大芋中学の生徒が選んだ大芋名所★選のNo11
 ↓覆い屋正面の覗き穴から覗くと、何と重文妙見堂が全貌を見せてくれている。
以下、あら嬉しやとばかりに活発に撮影。
一間社・流造。屋根は手割り板を用いた長板葺き。












  
 ↓隣の名も無きお堂も撮影

〇この後、篠山市街地を目指したら同じ大芋地区に瀟洒な小社があったので急ブレーキを踏んだ。境内入口に妙見堂入口と同じような仕掛けが施してある。ボクはついさっきの経験を生かして境内に出入した。どんなもんや、という感じ

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