2011年6月8日水曜日

6/8(水) 野イチゴとサクランボ

最近、事務所裏の土手道を散歩していて気になるものがある。先ず、足元に赤い実を付けている野イチゴ。食べられるだろうか、とちょっと気になる。食べてみようと思うが、ちょっと勇気が要る。野生のものってちょっと怖い。 もう一つ気になるのは、頭上のサクランボ。春に満開の花を咲かせていた。その桜の木が、初夏のこの季節になると小っちゃな実を付ける。それが、手の届くところにも成っているから気になる。食べたらどんな味がするだろうかと気になるが、やっぱりちょっと勇気が要る。野生のものに挑戦するのに勇気を多少とも要するとは、吾輩が野生をすっかり喪失したことを証明している。田畑・園で生産されたものしか口にしない生活に慣れ過ぎた。

2011年6月6日月曜日

6/6(月) これからは”放談”もやる。

吾輩のブログの人気は、本人が思ってるよりも低い。いつの間にか神社仏閣の写真集になって、興味ある人には面白いが、興味がないと全然詰まらんらしい。吾輩の独りよがりに付き合ってくれる人など、鳴り物入りで募集してもそう多くは世の中におるまいて。吾輩も反省する時にはちゃんとする。人気者になるためには、真面目過ぎても好くない。これからは漫談・放談も盛り込んで、バラエティ色を濃くしよう、と思った訳。それで手始めに時事放談。最近呆れ果てたのは、菅総理の辞職発言問題。内閣不信任案を否決するために、本会議直前の民主党議員総会で遠からず辞職するらしきことをほのめかして不信任賛成派の出鼻を挫き、大差で否決できたら忽ち開き直って辞意を漏らしていないと言い張る。その菅総理を「詐欺師」と激しく罵るのが鳩山前総理。総理を辞した時、もう選挙に出馬しない、それが総理まで務めた政治家のあるべき姿、と言っておきながら、アッと言う間に撤回して代議士の地位に連綿としたのは何処の誰だったっけ。アンタにだけは言われたくないとの言い草は、当に民主党の現総理と前総理の間にこそ適切。情けない。しかし、本当に情けない御仁は小沢一郎。菅総理に引っ込みがつかなくさせられて、それでも引っ込んだら、なんと辞意を撤回されて赤っ恥をかかされた。踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂。若かりし小沢なら断乎菅を総理の座から引きずり降ろし、政界再編劇に挑戦していたろう。小沢も年貢を納める齢になっていたということ。確かに焼きが回った、みっともない。民主党を造り率いてきたトロイカ(三巨頭)がこの体たらくでは、民主党が国難を担う資格がないことは明らか。本当に情けない話は実はここから始まる。それでは何処の誰に国政を託すのか(思い浮かばない)。こんな情けない政治状況を産み出したのは一体何処の誰か(国民、多くの国民)。実は吾輩は内心「石原慎太郎」を買っている。彼なら今総理大臣が務まるだろう。そう思うのは、彼の次の一言が心を打ったから。今年三月のTV報道で「今、角さんが居たらなぁ」と彼が発言するのを見た。角福戦争時代、彼は福田派の最前線にいた。その彼が憎(にっく)き敵の大将の器量・政治力を冷静に正当に評価していた。人を見る目がある、それが分かったから。民主党の三巨頭は人を見る目がないことを曝け出している。情けない。慎太郎ももう齢である点が情けない。国の非常時に齢は関係ないか。そうか、慎太郎は国会議員でなかったか(総理になる資格がない)。情けない。

2011年6月5日日曜日

6/5(日) 大和郡山市「矢田寺・金剛山寺」「松尾寺」、奈良市「大安寺」「新薬師寺」「元興寺」

土曜日の夜は木津川市が奈良市との境目に用意してくれている「木津川みどりのパーク」に宿泊。道の駅ではないが吾輩は何度もお世話になっている。絶好の地理的位置を占める有難い簡易パーキング。早朝のお目覚め。七時に出発。早過ぎるので目指すは生駒山系の中腹に位置する「金剛山寺・矢田寺」。大和郡山市所在。アジサイの盛期には素晴らしいだろう。近くの「松尾寺」にも寄った。ここには白洲正子激賞の焼け爛れて原型を留めぬ観音像らしいもののトルソーがある。宝物殿に納まっていたので寺務所に申出て御対面。奈良市に戻り先ず「大安寺」へ。南都七大寺の面影はない。宝物殿に入り幾つもの重文仏像を拝観。近くの「八幡神社」に参詣。本(もと)石清水八幡宮と称している。次に若草山の麓の「新薬師寺」へ。ここもかつての大寺の面影はない。しかし国宝本堂に入って目を瞠った。国宝薬師如来を中心に国宝十二神将が円陣を張る。奈良時代がそのまま現代にまで活きている。昼飯抜きで「元興寺(がんごうじ)」へ。本堂が国宝。飛鳥の地に最初に建立された法興寺・飛鳥寺を奈良に移した寺。元興寺を出たのが14:10。血糖値が下がり過ぎてはいけないので「えびせんの里」を摘まみながら七尾へ進路を向けた。途中眠くなったので湖南の菩提寺PAに入り込んで一服。電波状態が好いのでブログ記事を発信。記事を書いたら余計疲れたf(*_*; 「大安寺」「新薬師寺」「元興寺」はいずれもその有する文化財・美術品の重要さ豊富さが抜群。その割に観光名所としての人気度は高くない。その理由が現地に行ってみて分かった。観光バスが入れる道がない。旅行業者が商品化しにくいのだ。

6/4(土) 京都をウロウロと。山科「毘沙門堂」、一乗寺「詩仙堂」「八大神社」「曼珠院」、大原「来迎寺」「勝林寺」、伏見「御香宮」

土曜日は宿泊地の電波状態が悪かった。それで日曜日に打電することになった。土曜日朝、福井県南条SA06:50に目覚め。07:40出発。10:00京都山科の「毘沙門堂」探訪。天台宗門跡寺院。天台宗門跡寺院は五つ。三千院・曼殊院・青蓮院・妙法院(三十三間堂を末寺にする)そして毘沙門堂。山科から大原への途次、一乗寺で寄り道。先ず「詩仙堂」、名前に惹かされた。隣の「八大神社」にも。「一乗寺下がり松」はこの神社の境内に生えていたという。吉岡一門と決闘する宮本武蔵の二刀流の銅像が建っている。さらに近くの「曼殊院」も探訪。それから大原へ。先ず「来迎寺」探訪、三千院の奥裏。さらに「勝林寺」を拝観。駐車場に戻ったのが15:35。今日の本命は鞍馬寺の奥の院探訪だったがもう遅い。これから鞍馬山に走り奥の院に入って17:00の閉門までに麓に戻って来れる時刻ではない。鞍馬山を止めて京都に戻っても戻るのに時間を食って何処を探訪するにしてもやっぱり閉門時刻にかかる。本日土曜日の探訪は早めに打ち切り、その代わり明日は奈良盆地を走ることにして今日のうちに足を伸ばしておくことに。明日は「新薬師寺」探訪から始める。国道24号線を南下していたら「御香宮」を通りかかった。この方面では「城南宮」と共にかねてちょっと気になっていた神社。探訪してみた。旧府社。氏子の崇敬が篤そう。伏見城の大手門を継承している(重文)、伏見城の石垣残石を境内に積んであった。行きがけの駄賃のつもりだったんだが値打ちのある探訪だった。

2011年6月3日金曜日

6/3(金) 週末を迎える。久しぶりに流浪の旅に出る。

この週末、久しぶりに好天が続くらしい。週明けの仕事の日程とその準備がきつい。きついけども、そんなことは言ってられない。余命幾ばくもないことを忘れてはならない。ということで流浪してきます。行き先は…決まってません(決まってたら、流浪と言えないんじゃないでしょうか)。京都・奈良・河内方面に向かう。それでは…

4/30(土) 備中「国分尼寺址」

備中「国分尼寺址」まで歩いた。中央の土の盛り上がりは築地土塀址。この寺は、東西108m、南北216mの寺域を有しその周囲には築地土塀を廻らしていたという。その基部の痕跡。 中門跡。礎石はないが、土の盛り上がり痕跡から推定できるんだそう。

金堂跡。礎石が綺麗に残っている。

塔跡。礎石はないが、盛り土痕跡などから推定されるそう。

講堂跡。礎石が一部残っている。礎石には柱を据える彫り跡が見える。

4/30(土) 備中「こうもり塚古墳」

備中国分寺跡近くに「こうもり塚古墳」がある。界隈には幾多の古墳がある。中でも代表的な古墳は「造山(つくりやま)古墳」。全長360mの前方後円墳、全国4番目の大きさ。