2011年6月11日土曜日

6/11(土) 吾輩は藤原氏一族也

今春、多武ヶ峯・談山神社に詣でたとき、大拝殿の一隅に面白いものを発見した。「談山神社御祭神藤原鎌足公御裔・藤原氏族一覧」なる小冊子。開いて見ると、ミ行に「三林」の名もある。


話の種にと、200円の寸志を置いて入手。じっくり見てみると何のことはない、そんじょそこらにある氏名のオンパレード。日本人は十中八、九「藤原氏族」になる趨勢。どうやら崇敬者として把握されたらこの名簿に登録されるらしい、というのが吾輩の結論。後日、事務所の山崎さんにこの一覧を見せたら眼を光らせてヤ行を睨み、「ヤッタぁ」と奇声を発した。「鎌足公御裔・藤原氏族一覧」の権威が完全に失墜した瞬間だった。話の種にはなった。

2011年6月10日金曜日

2006-1-22 柿田川湧水群

柿田川には感動させられる。富士山に降った雨や雪が地下に滲み伏流水となって10年、山麓のあちこちで湧水群となって湧き出す。中でも大規模なのが、柿田川湧水群。柿田川は突如ここから始まる。上流はない。湧水群
湧水
湧水群
湧水
下流へ向かう柿田川。1.2km先で狩野川に合流する。川の水はすべて湧水だけで成る。

6/10(金) 週末到来

この齢(64歳)になると時の流れは速い。年々加速度がつく。昨日京都奈良を走っていた気がするのにもう週末。今週末は天気が好くないそう。それでも勿論出かける。何処へ行くか、それは未定。どなたか、ここへ行ってきて探訪写真レポートを載せて欲しいという方は居ませんかねぇ。コメント欄に要望を書いて貰えれば検討致します。今、吾輩の心に懸かっている史蹟は、鞍馬寺「奥ノ院」。中でも奥ノ院入口にある霊宝館の毘沙門天像。重文が三体あるらしい。鞍馬寺の本尊は毘沙門天。鞍馬寺へは何度か行ったが、奥ノ院ルートは疲れそうで遠慮していた。しかし、毘沙門天像にお目にかからなくては鞍馬寺に行ったことにはなるまい、と思い至った。毘沙門天像を本尊としているもう一つ有名な寺院は信貴山・朝孫護寺。ここは秘仏化されていて拝見できない。つまらん。

2011年6月9日木曜日

2007.3.5 信州上田市「無言館」

もう4年も前のこと、女房と信州上田市の「戦没画学生慰霊美術館・無言館」を訪れた。館主・窪島誠一郎氏の至高悲痛な設立趣旨に打たれた。道案内が乏しくて到達するのに難渋した記憶がある。吾輩も絵を描きだしていた。それも人生の舵を芸術の方に切る覚悟で。だから、戦没画学生の無念さは痛切に分かった。それにしても、館主の戦没画学生の遺作の蒐集救済供養に懸ける意志情熱は人間のものとは思われなかった。菩薩行に近かろう、そう思えて「無言館」に引き寄せられた。



展示作品の評価については論じても仕方がない。「無言館」は、志半ばで戦地で散らざるを得なかった画学生の無念に対する鎮魂と、戦争とは何であるかを無言で語る場なのだから。
この後、窪島誠一郎氏のことで劇的な報道記事に接して驚かされた。彼は戦時中親と離れ離れになり貰い子として育てられた。その彼が実父と廻り逢えた。実父は作家「水上勉」。劇的。
この「無言館」が、客足が遠のいて経営危機にあるらしい。近々また訪れて、館主の魂・志に触れて来よう。戦没画学生の絵も別の見え方がするかも知れない。

2011年6月8日水曜日

6/8(水) 野イチゴとサクランボ

最近、事務所裏の土手道を散歩していて気になるものがある。先ず、足元に赤い実を付けている野イチゴ。食べられるだろうか、とちょっと気になる。食べてみようと思うが、ちょっと勇気が要る。野生のものってちょっと怖い。 もう一つ気になるのは、頭上のサクランボ。春に満開の花を咲かせていた。その桜の木が、初夏のこの季節になると小っちゃな実を付ける。それが、手の届くところにも成っているから気になる。食べたらどんな味がするだろうかと気になるが、やっぱりちょっと勇気が要る。野生のものに挑戦するのに勇気を多少とも要するとは、吾輩が野生をすっかり喪失したことを証明している。田畑・園で生産されたものしか口にしない生活に慣れ過ぎた。

2011年6月6日月曜日

6/6(月) これからは”放談”もやる。

吾輩のブログの人気は、本人が思ってるよりも低い。いつの間にか神社仏閣の写真集になって、興味ある人には面白いが、興味がないと全然詰まらんらしい。吾輩の独りよがりに付き合ってくれる人など、鳴り物入りで募集してもそう多くは世の中におるまいて。吾輩も反省する時にはちゃんとする。人気者になるためには、真面目過ぎても好くない。これからは漫談・放談も盛り込んで、バラエティ色を濃くしよう、と思った訳。それで手始めに時事放談。最近呆れ果てたのは、菅総理の辞職発言問題。内閣不信任案を否決するために、本会議直前の民主党議員総会で遠からず辞職するらしきことをほのめかして不信任賛成派の出鼻を挫き、大差で否決できたら忽ち開き直って辞意を漏らしていないと言い張る。その菅総理を「詐欺師」と激しく罵るのが鳩山前総理。総理を辞した時、もう選挙に出馬しない、それが総理まで務めた政治家のあるべき姿、と言っておきながら、アッと言う間に撤回して代議士の地位に連綿としたのは何処の誰だったっけ。アンタにだけは言われたくないとの言い草は、当に民主党の現総理と前総理の間にこそ適切。情けない。しかし、本当に情けない御仁は小沢一郎。菅総理に引っ込みがつかなくさせられて、それでも引っ込んだら、なんと辞意を撤回されて赤っ恥をかかされた。踏んだり蹴ったり、泣きっ面に蜂。若かりし小沢なら断乎菅を総理の座から引きずり降ろし、政界再編劇に挑戦していたろう。小沢も年貢を納める齢になっていたということ。確かに焼きが回った、みっともない。民主党を造り率いてきたトロイカ(三巨頭)がこの体たらくでは、民主党が国難を担う資格がないことは明らか。本当に情けない話は実はここから始まる。それでは何処の誰に国政を託すのか(思い浮かばない)。こんな情けない政治状況を産み出したのは一体何処の誰か(国民、多くの国民)。実は吾輩は内心「石原慎太郎」を買っている。彼なら今総理大臣が務まるだろう。そう思うのは、彼の次の一言が心を打ったから。今年三月のTV報道で「今、角さんが居たらなぁ」と彼が発言するのを見た。角福戦争時代、彼は福田派の最前線にいた。その彼が憎(にっく)き敵の大将の器量・政治力を冷静に正当に評価していた。人を見る目がある、それが分かったから。民主党の三巨頭は人を見る目がないことを曝け出している。情けない。慎太郎ももう齢である点が情けない。国の非常時に齢は関係ないか。そうか、慎太郎は国会議員でなかったか(総理になる資格がない)。情けない。

2011年6月5日日曜日

6/5(日) 大和郡山市「矢田寺・金剛山寺」「松尾寺」、奈良市「大安寺」「新薬師寺」「元興寺」

土曜日の夜は木津川市が奈良市との境目に用意してくれている「木津川みどりのパーク」に宿泊。道の駅ではないが吾輩は何度もお世話になっている。絶好の地理的位置を占める有難い簡易パーキング。早朝のお目覚め。七時に出発。早過ぎるので目指すは生駒山系の中腹に位置する「金剛山寺・矢田寺」。大和郡山市所在。アジサイの盛期には素晴らしいだろう。近くの「松尾寺」にも寄った。ここには白洲正子激賞の焼け爛れて原型を留めぬ観音像らしいもののトルソーがある。宝物殿に納まっていたので寺務所に申出て御対面。奈良市に戻り先ず「大安寺」へ。南都七大寺の面影はない。宝物殿に入り幾つもの重文仏像を拝観。近くの「八幡神社」に参詣。本(もと)石清水八幡宮と称している。次に若草山の麓の「新薬師寺」へ。ここもかつての大寺の面影はない。しかし国宝本堂に入って目を瞠った。国宝薬師如来を中心に国宝十二神将が円陣を張る。奈良時代がそのまま現代にまで活きている。昼飯抜きで「元興寺(がんごうじ)」へ。本堂が国宝。飛鳥の地に最初に建立された法興寺・飛鳥寺を奈良に移した寺。元興寺を出たのが14:10。血糖値が下がり過ぎてはいけないので「えびせんの里」を摘まみながら七尾へ進路を向けた。途中眠くなったので湖南の菩提寺PAに入り込んで一服。電波状態が好いのでブログ記事を発信。記事を書いたら余計疲れたf(*_*; 「大安寺」「新薬師寺」「元興寺」はいずれもその有する文化財・美術品の重要さ豊富さが抜群。その割に観光名所としての人気度は高くない。その理由が現地に行ってみて分かった。観光バスが入れる道がない。旅行業者が商品化しにくいのだ。