2018年4月30日月曜日

〇《イザベラバード紀行(1》)4-30(月)晴。イザベラ・バードの足跡を辿る旅に出た。日光・会津・越後・出羽・津軽を縦走する。

4/28(土)・29(日)は金沢から次女夫婦が一歳半の孫を連れてやって来て、京都から長女までもがやって来たので、皆で楽しく七尾で過ごした。両日とも晴天で旅日和だったので勿体ないと言えなくもないが、そんな問題では決してなかった。ジィジとしてかけがえのない二日間を過ごすことができた。
今朝は午前9時40分発。北陸道から上信越道に入り今日の最終目的地は春日部市か栃木市の道の駅においていた。が、渋滞情報を見ると関越道が酷そうなので、上信越道の吉井ICで下りたら、下の道が行く先々で渋滞していて、深谷市の手前の「道の駅おかべ」で夕方6時を迎えた。今夜はここで泊まることにした。
道中写した写真を掲げると、
↓北陸道呉羽PAから眺望した・左から剣岳・立山・薬師岳
↓剣岳

  ↓立山
 ↓薬師岳
↓妙高山。上信越道・妙高SA
 ↓妙高山。上信越道・野尻湖黒姫PA
 ↓妙義山。上信越道・横川SA

〇深更トイレに起きて久方ぶりに夜空を見上げた。満月だった。上州・深谷近くで見る満月は格別。月の左下に明星が一点となって輝いている。金星だろう。

2018年4月27日金曜日

〇4-21(土)岐阜県瑞浪市「中山道・細久手宿」へ

〇鬼岩公園から北上して御嵩宿に行く国道を途中で右折して間道に入ると、それが中山道。それでここだろうと思えるT字路で右折。行けども旧道らしくない。疑心暗鬼で走り続けたら↓この標識が現れた。ここから中山道であることは間違いない。
 ↓しかしこれまでの道は中山道ではなかった。本当の中山道はこの未舗装の道だった。
 ↓「左仲仙道西の坂」
 ↓左仲仙道を少しばかり辿ってみる。


 ↓先ほどの石垣のある所に戻る。
 ↓「秋葉坂三尊石窟」

 〇三尊石窟

 中山道を行く
 細久手口バス停
 〇1813年頃の宿場絵図
 細久手宿の入口
 ↓入口の旧商家

 宿場中ほどの旅宿「大黒屋」
 西洋人10数名の徒歩旅行者達がこの宿に吸い込まれていった。
 このおばあさんが話し掛けてきた。満州から引き揚げてきたそう。

 ↓広重画の東山道69次・細久手宿図

 ↓高札場跡

 隣りに庚申堂がある









2018年4月26日木曜日

〇4-21(土)岐阜県土岐市「鬼岩公園」

 入口に在る夫婦滝


   

 ↓これも岩
  
  


これが太郎岩か

 これが菜箸岩か

  ↓岩くぐり
 腰の曲がった人は潜るのが無理
 振り返る

屏風岩か

↓鬼の岩屋 左の碑「鬼人関太郎岩屋」 右「岩屋入口」

 ↓「昔、美濃国・関の町に太郎という刀鍛冶の徒弟がいた。生来教法のために追われ、東山道を放浪しこの岩屋に住みつき、日夜野荒し放火強盗等悪事の限りを尽くし近郷や東山道往来の旅人を畏怖させた。‥‥捕えられ斬罪されることになった時に鬼は首を刎ねられるに当たり「吾今法心を起し蟹薬師如来の仏恩を受け永劫その功徳により衆生に仏果を得さしめん」と言い残したり。‥‥」
  ↓岩屋に入って行く
↓奥に鬼人関太郎が居る

なかなかこわい