2015年6月19日金曜日

〇《奥の細道》紀行・出羽路(16) 山形県「新庄」。《奥の細道》から消された悲運の街

〇大石田で芭蕉はこの先の旅程の迷いを絶って、北の方・新庄に向かう。
曾良随行日記》より、
〇六月朔(一日) 大石田立つ。辰刻(たつのこく・午前八時)、一栄・川水、弥陀堂迄送ル。馬二疋、舟形迄送ル。ニリ(里)。一リ(里)半、舟形。‥‥。ニリ(里)八丁新庄、風流(宅に)宿ス。』
↓前日夕暮れ、舟形で見た最上川
↓JR新庄駅
〇「風流」は俳号で、本名は渋谷甚兵衛。
二日 昼過ぎより九郎兵衛ヘ被ㇾ招。彼是、歌仙一巻有り。盛信。息、‥‥』
〇「九郎兵衛」は、風流の本家・渋谷九郎兵衛で、俳号は「盛信」。新庄第一の富豪だったそう。
〇「歌仙一巻有り」というのは、
 御尋に我宿せばし破れ蚊や  風流
 はじめてかほる風の薫物   芭蕉
 菊作り鍬に薄を折添て     孤松
 霧立かくす虹のもとすゑ    ソラ
に始まる七吟歌仙のこと。この時、別に、
 盛信亭
 風の香も南に近し最上川  翁
を発句とする三つ物もあったそう。
〇ボクにとって新庄行は計画外だったので全く準備不足で、悔いを残す未探訪地が幾つもある。
●「奥の細道 氷室の句碑と柳の清水」標柱、「芭蕉翁ゆかりの氷室の清水跡」説明板、「芭蕉句碑」《水のおく氷室尋る柳かな 芭蕉翁》
●「芭蕉遺蹟盛信亭跡」=渋谷九郎兵衛宅跡。山形銀行新庄支店の前に標柱が立っているそう。
●渋谷甚兵衛・風流宅跡。「奥の細道風流亭跡」の標柱が、新庄市上金沢町5-33佐藤義国氏宅に立っているそう。
●市民プラザ入口に「芭蕉句碑」《風の香も南に近し最上川》が立つ。
今度新庄を訪れたら、これら全部を絶対探訪する。
三日 天気吉。新庄ヲ立ち、一リ(里)半、元合海(もとあいかい)。‥‥』
↓新庄市街地から見た鳥海山
 ↓月山
〇渋谷風流亭跡・リンク先
http://kanko-mogami.jp/?action=common_download_main&upload_id=315

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