2015年6月26日金曜日

〇《奥の細道》紀行・出羽路(25) 羽黒山頂「出羽三山合祭神社」(ニ)

↑「蜂子社 出羽三山開祖と仰ぐ蜂子皇子(はちのこおうじ)を祀るお社。蜂子皇子は第32代崇峻天皇の皇子で推古元年(593年)海路北上し、庄内由良港に御上陸、三本足の霊烏の導くままに羽黒山に登り、難行苦行の末、羽黒大神を拝し次いで月山、湯殿山をお開きになられた。皇子の御修行が羽黒修験道に発展、今日の出羽三山の礎を築くに至った。毎年8月31日深夜には御例祭に併せ、秋の峰に入峰した山伏達が社前の護摩壇で大柴燈祭を執行、天下泰平国家安穏を祈願する。皇子の御墓所は、宮内庁の所管で天宥社前を通り正面にある。」
↓ 蜂子社は羽黒山では重きをなす。
 ↓ 蜂子神社社殿で山入り前の祈願をする修験ガール(おばさん?)。出羽三山はかつては女人禁制だったが、今は女人も山に入る。この人たちは多分月山・湯殿山を廻る。
 ↓厳島神社。蜂子神社の左隣。
 ↓ 右・蜂子神社、左・厳島神社
 羽黒山表参道鳥居。石段は、2446段の最終段。三の坂の終わり。

 ↓厳島神社・蜂子神社から拝殿・本殿を見る。
 ↓ 拝殿・本殿。左端は、蜂子神社の向拝。

 ↓ 霊祭殿。この殿舎の存在にこそ、出羽三山信仰の本質が表れている。神社では普通死霊・遺骨を扱わない。が、ここは納骨堂。羽黒山神道は死者と向き合うのである。前に来たとき、ボクは本殿から読経の声が流れてくるのを聞いたことがある。神社にお経。今は不思議だが、かつて神仏が習合し修験道が盛んな時代には何でもないことだった。

 ↓ 羽黒山東照社。徳川家康公を祀ってある。

↓午後五時過ぎ、特別参拝。

 ↓ 東照社の横に摂末社が居並ぶ。左端は神輿舎。
 ↓ 摂末社から見た東照社。

 ↓ 左端に東照社が見える。


 ↓ 鶴岡市街地から通ずる参詣道路に建つ大鳥居。
 夕暮れ近く、地平の南に月山を見た。


0 件のコメント:

コメントを投稿