《奥の細道》より、
『八日、月山にのぼる。木綿(ゆふ)しめ身に引きかけ、宝冠に頭を包み、強力と云ふものに導かれて、雲霧山気の中に、氷雪を踏んでのぼる事八里、更に日月行道の雲関に入るかとあやしまれ、息絶え、身こゞえて頂上に臻(いた)れば、日没して月顕わる。笹を舗(し)き、篠(しの)を枕として、臥して明くるを待つ。日出でて雲消ゆれば、湯殿に下る。』
〇月山の頂上に立つのは、ボクの今の健康状態(特に貧血症)では無理。八合目まで車で登れるドライブコースを行ってそれで満足しておこう。湯殿山へは国道から入り込むルートがあるから、その道を行けるだけ行ってみよう、湯殿山神社近くまで行けるはずと踏んでいた。ところが、羽黒山神社社務所の向かいにある「いでは歴史資料館」に入り受付の親切なおねえさんと話しているうちに、月山・湯殿山に登るドライブルートは六月にならないと開通しないと注意された(会話は五月初めのGWになされた)。アチャーとなったが、内心ではこれで当面の難問が押し流されてすっきりしたと思った。とにかく芭蕉は月山・湯殿山の山頂に立ったのだ。ボクは健康問題があってそれができない。それでは芭蕉の辿った通りに忠実に《奥の細道紀行》を完遂するという目的が達成できない、どうしたものかと心にわだかまりがあったのだ。それでドライブルートをできるだけ辿って山頂に近づく努力をしてお茶を濁すことにしようと考えたんだが、そのお茶濁しも自然現象に立ち塞がれて不可能と決まってみればかえって気持がすっきりとした。仕方がない。
↓ 羽黒山神社大鳥居と月山
↓ 月山八合目
以下、「日本の神社・出羽三山」(「いでは歴史資料館」で購入)より
↓ 月山
①月山中之宮(八合目駐車場から遊歩道を行く)
②月山八合目弥陀ヶ原
③仏生池
④行者返し
⑤月山神社・本宮
↓ 芭蕉一行が月山頂上で「笹を舗(し)き、篠(しの)を枕として、臥して明くるを待った」のは、こんな小屋だったそう。「いでは歴史資料館」に展示されていた。こんな小屋が山頂に至る間に幾つも設置されていたらしい。
2015年6月27日土曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿