2016年7月30日土曜日

〇7/30(土) 出直しの旅に出た。柏崎市《観音堂仁王門前の芭蕉句碑」「田中角栄記念館」、小千谷市「魚沼神社・重文阿弥陀堂」

09:00過ぎ出発。女房に「出直しの旅に出るわ、御達者で」と言ったら変な顔をしていた。柏崎市西山町の観音堂を一直線に目指したが、眠くなったので名立谷浜SAで一眠りした。観音堂では300段の石段登りを覚悟していたがそんな重労働は必要なかった。それよりも夏草に埋もれていて仁王門の発見に苦労した。仁王門の傍に在るという芭蕉句碑に遂に遭えないかと諦めかけたとき、執念で道が開けた。《草臥(くたび)れて宿借る頃や藤の花》
 ここは旧西山町で田中角栄の出身地であり「田中角栄記念館」があると知っていたので探訪してみることに。道の駅「西山ふるさと公苑」と併設されてあったが、つまらなそうなので入館しなかった(館内撮影禁止、400円)。ふるさと市民館・日中友好記念西遊館も併設。西遊館が特に気に入らなかった。中国の魂胆が気に入らない。それにコロコロと調子よく転がされている日本も気に入らない。中国の、と言ったが正確には中国共産党の魂胆が気に入らない。後進地域の時は手もみして日中友好を口にして援助を頼み、先進地域となり軍事予算を莫大化させ核武装したら掌を返して日本に対して跪くことを強要している。これは中国共産党の魂胆仕業であって、中国と云う国家は未だどこにもない。日中友好は手離しで好いことと盲信していた日本国民は反省を要する。China大陸に中国という国はない。中国共産党の支配は成立している。中国共産党の支配権限は銃口による弾圧に基づく。中国共産党は一かけらの選挙も実施したことがない。人民解放軍は中国共産党直属の私軍であって国軍ではない。その銃口は外敵に向けられているのではない、China人民に対して向けられている。日中友好記念「西遊館」は空しく建っている。田中角栄の業績の評価は慎重にやらねばならない。それにしても安直に設置されている日中友好記念館ではある。
 本日探訪の最終目標は小千谷市の魚沼神社の重文「阿弥陀堂」。室町期の年代が墨跡で確認された茅葺仏堂。中に阿弥陀如来像と大日如来像が安置されているという。神社に阿弥陀堂はおかしいじゃないかと云う意見もあろうが、そのような時代(神仏混淆)もあったのだ。それが日本精神。
〇17:30道の駅「ちぢみの里おぢや」到着。今夜はここで野宿。疲労感はない。が、観音堂の藪を半ズボンで歩き回ったので脛が血色の切傷だらけ。

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