2019年5月28日火曜日

〇5-1(水) 萩市「大照院」重文4棟、毛利氏偶数代藩主墓地

大照院(だいしょういん)は、山口県萩市にある臨済宗南禅寺派寺院である。
延暦年間(8世紀末 - 9世紀初)に月輪山観音寺という前身寺院があったというが、創建の事情は定かでない。その後鎌倉時代末期に建長寺の義翁和尚が大椿山歓喜寺と改め、臨済宗の寺院とした。その後荒廃したが、萩藩2代藩主毛利綱広が亡父の初代藩主秀就の菩提寺とするために承応3年(1654)から明暦2年(1656)にかけて再建し、その時秀就の法号にちなんで霊椿山大照院と改めた。
寺は延享4年(1747)に火災に遭い、現存する本堂等は、その後6代藩主宗広によって再建されたものである。
境内の萩藩主毛利家墓所は国の史跡で、初代(萩での藩主の代数は輝元を初代とせず、秀就を初代として数えている)秀就、2代綱広、4吉広6宗広8治親10斉煕12斉広2代から12代までの偶数代の藩主と夫人や藩士の墓石があり、墓前には藩士が寄進した石灯籠が600数基ある。
ちなみに奇数代の藩主の廟所は萩市内の黄檗宗寺院東光寺にあり、秀就の父輝元の廟所は萩市の天樹院跡にある。

重文・本堂

重文・経蔵

重文・書院


書院に安置された重文・赤童子
「赤童子」とは天孫降臨の時の使者として知られている天児屋根命(あめのこやねのみこと)で、春日社の祭神の一つといわれている。‥」
庭園。紅葉が美しいだろう
庭園から見た本堂裏側と経蔵
重文・庫裡

〇外に重文鐘楼がある。
史跡 萩藩主毛利家墓所

〇偶数代の毛利藩主が葬られている。奇数代は、先に紹介した「東光寺」に墓地がある。







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