2012年12月15日土曜日

12/14(金)、今夜の未明に赤穂浪士が討ち入った。

赤穂浪士の討ち入りの物語はボクに感動を与える。思い起こす毎に感動し、その感動は常に新鮮。幾人の作家の書いた物語を読んだことか。娘達がまだ小さかった頃、ボクは娘の一人でも殺害されたら自分は犯人に対してどう行動するだろうか夢想したことがある。ボクは命を懸けて復讐する――これが結論だった。復讐を遂げるプロセスも綿密に検討した。復讐劇の始まりは犯人の人格・動機・更生具合などの徹底的探査と分析評価からどうしても幕を開ける。その後の展開から最終の復讐を遂げる場面まで小説の構想を章節化してみて思った。これはいつか見たことのある物語。そして気が付いた、そうだ、忠臣蔵だ。ボクはその時つくづく思った、忠臣蔵は完壁・完全無欠の復讐劇、これの上を行く復讐劇を構想することは不可能だ。事実は小説よりも奇なのだ。それ以来ボクは復讐小説を構想したことはない。大石内蔵助と赤穂浪士の一団、彼らが演じた完全無欠の復讐劇は歴史的実在、その生々しい実在性の前にはすべての復讐小説構想は矮小でほとんど意味がない。その実在性が常に新鮮な感動を喚び起こす。リアリティというやつ。因みに殿中松の廊下事件が勃発した当時、赤穂藩に家臣は二百数十人いた。江戸・吉良邸に討ち入ったのはそのうち四十七士。人の世の人心の有り様を絶妙に表している数字ではないか。そして四十七士の討ち入り完遂に感動を覚えない人間は多分一人もいないのだ。これが人間、これが世の中。

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