2013年4月24日水曜日

〇滋賀院「慈眼堂」、天海僧正の廟所。穴太積み石垣。

慈眼堂  織田信長の山門(延暦寺)焼き打ちの後、その復興に尽力した天海僧正(慈眼大師)をまつる。堂は宝形造(ほうぎょうづくり)で、前に石灯籠が二列に並ぶ。また西側には、延暦寺歴代座主(ざす)の墓や五輪塔とともに、大きな阿弥陀の石仏が並び、その厳かな雰囲気に訪れる者は圧倒される。

天海僧正
(1536年~1643年)南光坊天海。江戸時代初期に活躍した天台宗の僧。徳川家康に近く、比叡山延暦寺の再建日光東照宮の建設、寛永寺創建などを行う。政治的影響力の大きさから金地院崇伝などとともに「黒衣の宰相」と称せられる。

〇慈眼堂は、滋賀院門跡の裏にある。↓裏参道

 ↓表参道。穴太積み石垣がある。


 門を潜ると直ぐに慈眼堂がある。信長の焼打ちに遭った延暦寺の再建に努めた天海僧正が祀られている。



表参道から出て穴太積み石垣に沿って下ると、天台宗務庁がある。その石垣。

 石垣沿いに右に行くと滋賀院門跡・勅使門に至る。




 楓の花らしい。
 大富騎鈴社。道を右に行くとやがて日吉大社参道に出る。

 日吉大社参道に向かっている。
 絵を描いている人。

 これは枝道。枝道にも穴太積み石垣が残っている。
 

0 件のコメント:

コメントを投稿