五月三~五日は七尾に居ました。青柏祭・デカ山に30年振りに付き合いました。たっぷり写真を撮りました。ブログに載せる写真が未だたくさん残っています。
六日(火)、あんまり好天なのでやっぱり無宿流浪の旅に出ました。行き先は主に丹波地方。プチ旅行のつもりで。
★6日(火)、鯖江市・西山公園のサツキが咲き揃って見事だという情報に動かされて探訪。夕刻、名神高速・菩提寺PAに入り込み夕食を摂ってそこで宿泊。
★7日(水)、検索済みの探訪先を予定通りこなした一日。
①京都市下京区「佛光寺」。浄土真宗十六派★のうち佛光寺派の本山。十六派の本山では、この寺のみが未探訪だったので。
②亀岡市「出雲大神宮」。丹波国一宮。社伝によれば、出雲大社の分家ではない、むしろ本家本元だそう。本殿が重要文化財。
③亀岡市「ドゥリムトン村」。亀岡市の山中深くにある。イギリスの古風な農家建築が楽しめる。あいにく休日だったが、門から中が見えて不満なし。
④京丹波町「明隆寺観音堂」。重要文化財。山中深くにあり探索に一苦労。
⑤兵庫県丹波町「柏原(かいばら)八幡神社」。拝殿本殿が一体化していて重要文化財。本殿の真後ろに朱塗りの三重塔が建つ。
⑥兵庫県篠山市「大国寺」。本堂が重要文化財。中に安置されている仏像五体も重要文化財。拝観(¥500)。若い住職が色々と説明してくれた。
⑦篠山市「宇土観音・弘誓寺(ぐぜいじ)」。多宝塔があることに惹かれて拝観。
⑧篠山市「八上山・高城山」。明智光秀の丹波国攻めのとき・最後に残った波多野氏の居城があった。八上城。兵糧攻めに4年間耐え抜いたが、光秀の説得――降伏すれば信長に取り次いで安堵を得させる――を容れて降伏したが、波多野一族の降伏を信長は容れず斬首した。光秀が人質に差し出した実母は・八上城内で磔にされた(伯母説もある)。八上山は丹波富士と呼ばれるほど秀麗な形をしていて高さもある。麓から見上げると山体の八方に谷が深く刻まれて流れ、尾根が鋭く切り立って山頂から下方に延びている。天然の要害たり得る山。
この日の宿営地は、京丹波町に戻って道の駅・丹波マーケス。この時点では・明日の予定が立っていなかった。
★8日(木)。目覚めてから先ず大阪府「枚岡神社」、次に奈良市「春日大社」を探訪することに決定。
①京丹波・兵庫県篠山・池田市を経由して阪神高速に乗って梅田上空を通過して河内国一宮「枚岡神社」へ。ここの四神(アメノコヤネノ命・その妻の神・タケミカヅチノ大神・フツノ大神)は大和の春日大社に分祀されていて・古来「元春日」と呼ばれる。それでここを探訪して・その足で春日大社に回ろうという算段。四神を祀る四殿を思いがけず高みから拝観できた。上出来。各本殿は一間社の小さなもの。それが四連で横並びに建っている。春日大社の本殿も全く同じ構成。
〇第二阪奈自動車道で奈良公園に出た。興福寺の駐車場にセレナを入れ(¥1,000)春日大社に向け徒歩で出立。
②道中奈良市「福智院」を探訪。セレナを走らせてこれまで到達できなかった小寺院。丈六の巨大な地蔵菩薩・重要文化財を拝観。
③さらに道中「浮御堂」を探訪。絵にならないことを確認。
④「春日大社」を何度目かの訪問。楼門から四周に続く回廊内境内の特別拝観日で・本殿以外の社殿をほとんど拝観。書き切れないほどの収穫があった。成果のほどはあとで写真で示す。
〇午後四時半、興福寺発。七尾着九時半。帰路、激しい風雨に曝された。それまでの旅程はすべて好天に恵まれたのに。
2014年5月10日土曜日
登録:
コメントの投稿 (Atom)
0 件のコメント:
コメントを投稿