2014年5月24日土曜日

〇5/23(金)大海人皇子が潜んだ《吉野宮》、そこから壬申の乱の戦地に遠征した《吉野宮》に関心がある。

大海人皇子が天智天皇の魔手から辛うじて逃れて暫時潜んだ《吉野宮》、その所在地についてボクは長らく南朝のあった吉野宮だろうと早合点していた。が、違うらしい。宇陀の方にある。そう気がついた時からその正確な位置を確かめたいという願望に捉われた。その現地を探訪したいのだ。そろそろ探訪の旅に出ようかと思ったら蓄膿症に罹り足止めを食った。この週末あたりはチャンスだ、そう感じている。あとは体調がどうかということ。免疫力が落ちているときに無理をすると碌なことにならない。奈良までが遠いが、奈良から吉野までが結構遠い。その吉野から始めて宇陀・榛原経由で名張に出、伊賀上野に出て鈴鹿関を越える。それから伊勢国の鈴鹿・四日市を経由して桑名に出る。大海人皇子は桑名から伊勢街道を北上して不破の関・関ヶ原に出たが、僕は桑名から中津川に抜けて木曽路に入る。木曽路の南端に大桑村がある。この村が重要文化財の宝庫。それでこの村を探訪して七尾に帰還しようという寸法。体調が絶好調でも、土日でこなすにはなかなかの強行軍。天気は良さそう。

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