兼六園の表門を出ると向かいが金沢城。城と園は昔、百間堀という幅広い濠で隔てられていた。濠は今は埋め立てられて百間堀通りと呼ばれる基幹道路になっている。ちょっと前まで、金沢城と言えば石川門、そして石川門の外には何もないというのが通念だった。それが今では50間長屋(ごじゅっけんながや)・菱櫓(ひしやぐら)・橋爪門が復興し、最近河北門も復原された。復原は慎重な発掘に基づき厳密な学術的検討の下に行われているらしい。そんじょそこらの観光用の城と器が違う。多分、後世の国宝・重文指定を射程に入れている。今日金沢城を訪れたのは、これらの新しい城門・城砦が何処にどんな風に立地しているのか見たいから。何せ吾輩の記憶にある城内は、金沢大学のキャンパスで無粋なコンクリート建物が立ち並んでいた。
石川門はこの角度から見るのが一番絵になる。
石川門
門の内側
鉄門。故奥田憲三先生が日展か一水会展かに初入選したのが、この鉄門の絵。
鉄門を抜けると、
これが最近出来てホヤホヤの河北門。大手門に繋がる。
河北門の内側
この門から大手門に行く
河北門を内側から見ている
河北門の傍から見た50間長屋。手前右端に河北門の一部が見える。
50間長屋の向かって右端に建つ菱櫓(ひしやぐら)
50間長屋の向かって左端に建つ橋爪門続櫓(はしづめもんつづきやぐら)
橋爪門と延びてくる塀
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