土・朝八時半出発。行き先は岐阜県内の国宝建造物歴訪。最初は飛騨・国府の「安国寺・経蔵」。足利尊氏・直義時代に全国66ヶ国にそれぞれ安国寺が建てられた。戦乱の亡者供養のため。しかし新寺建立となると難しいので既存の寺々の宗旨を変え寺号を変えさせた。新宗旨は臨済宗。毛利家の外交官で後に秀吉に仕えた安国寺恵慧もこの手の安国寺の僧侶。彼は信長のことを毛利家に「やがて高転びに転ぶ人」と報告した手紙を残して有名。飛騨・安国寺に着くと「本日は予約のない方の拝観はお断りします」の木札が玄関に下がっている。ダメ元でインターフォンで当たって見ると出た相手は男の声、一瞬間をおいたが「30分待って貰えますか、昼飯中なので」。玄関前で待つことに。境内図を見ると、国宝・経蔵の直ぐ裏に重文・熊野神社がある。それで先に重要文化財探訪。ところが裏に回ると苔むした古い石段が無限に上に延びている。110段まで登った所でどう見ても神社はずっと下の筈なので登段を止めた。下ったら脚がガクガクになっていた。たったこれだけの昇り降りでこんなに足が弱ったことはない。体力が落ちている。体調が悪い。ほうほうの体で玄関に回ったら、奥さんが出てきた。本堂を拝観し、それから経蔵を開いてくれた。経蔵拝観料は500円。二層の屋根。それぞれの層に、風通しのために格子窓が四周に廻らされている。堂内は涼しい。「カビ臭くないでしょう、虫干しはしたことがありません」。寺の駐車場でコンビニ・ざる蕎麦を食べ終わったのが午後一時半。高山・下呂温泉と南下し、美濃加茂の手前まで来た。このまま進んでも次の目的地・「虎渓山・永保寺(えいほうじ)」には夕方遅くつくので、この辺りで野宿することに。「道の駅・美濃白川」があったので入り込んだ。セレナの窓ガラスが、運転席以外動かなくなった。半開きのまま。困った。昨日車検から戻って来たばかりなのに。明日・日曜日の国宝建造物探訪は、先ず岐阜県多治見市「永保寺」の「開山堂」と「観音堂」、次に愛知県犬山市の「犬山城天守閣」。ついでに近くの「如庵(じょあん)」。これは「住宅」という国宝分類に入る。因みに慈照寺(銀閣寺)の国宝「銀閣」「東求堂」は「寺院」ではなく「住宅」に分類されている。ということは、文科省は銀閣寺を「寺院」とは見ていない。「犬山城天守閣」は「城郭」に分類。因みに「城郭」として国宝に指定されているのは、松本城・犬山城・彦根城・姫路城の四つ。犬山からは東海北陸自動車道に乗りスタコラさっさと一路北上して帰って来るつもり。
2011年8月6日土曜日
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