2019年12月26日木曜日

★奥の細道紀行 第221章 新潟県米山町「鉢崎(はつさき)関所址」

曾良随行日記』 『〇五日 朝迄雨降ル。辰ノ上刻(午前7時過ぎ)止。出雲崎ヲ立。間モナク雨降ル。至柏崎ニ、天や(屋)弥惣兵衛へ弥三良(郎)状届、宿ナド云付ルトイヘドモ、不快シテ出ヅ。道迄両度人走テ止、不止シテ出。小雨折々降ル。申ノ下尅(さるのげこく。春・秋なら午後4時半頃だが、夏至の頃で日が長いので午後6時頃か)、至鉢崎 。宿たわらや(俵屋)六郎兵衛。』
〇柏崎の天屋(その日泊まる当てにしていた)でぞんざいな扱いを受けて(多分乞食坊主やなんぞと見られた)腹を立て天屋を後にした芭蕉は(天屋の使用人が道まで二度にわたって走り出て止めたが)意地づくで次の宿場・鉢崎を目指した。鉢崎宿の入口にあったのが「鉢崎関所」。芭蕉は必ずやこの関所を通ったはず(関所破りでもせぬ限り)。

↓この岬の山の右が柏崎方面、山を下った左側が鉢崎宿。鉢崎と柏崎の間には小山を背骨とする岬が十余も連なっている。徒歩で旅するには大変な難路。この難路を芭蕉は腹立ち紛れの意地づくで一気に歩き通した。
↓停まっているのはセレナ君。岬の山を下って来ると最初の民家がある。
↓この民家から浜辺にかけての線から左側一帯がかつての関所跡。民家の前に以下の写真の通り記念碑や案内板が並んでいる。
↓「鉢崎関所跡」の石碑、
↓定め書きの立札。他所者の女の出入を厳しく取締る旨定めている。
↓鉢崎関所跡の観光案内板がある。
↓鉢崎関所絵図。岬の山の左に関所が図示されている。

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