2013年9月25日水曜日

〇9/15(日)愛知県あま̪市「甚目寺(じもくじ)」。重文:南大門(仁王門)・三重塔・東門探訪。

甚目寺(じもくじ)は、愛知県あま市にある真言宗智山派寺院。鎮守として、式内社漆部神社(ぬりべじんじゃ、元、八大明神社)があったが、神仏分離令の後、境内を分けた。
通称「甚目寺観音」で、正式名称より通称で呼ばれることが多い。本尊聖観音。高さ一尺一寸五分の秘仏であり、本堂に安置される十一面観音像(50年に1回開帳の秘仏)の胎内仏である。
沿革 伝承によれば、推古天皇5年(597年)、伊勢国の漁師である甚目龍磨(甚目龍麻呂、はだめたつまろ)が漁をしていたところ、当時海であったこの地付近で観音像が網にかかり、その観音像を近くの砂浜に堂を建て安置したのが始まりという。この観音像は、敏達天皇14年(585年)に、物部守屋中臣勝海の手によって海に投げられた3体の仏像のうち1体(聖観音)といわれている。残りの2体のうち、阿弥陀如来善光寺勢至菩薩は安楽寺(太宰府天満宮)にあるという。
重要文化財(国指定)
〇南大門 - 1196年建久7年)再建。源頼朝の命により梶原景時が奉行となり建立。仁王門ともいい、安置されている仁王(金剛力士)像は1597年(慶長2年)福島正則の寄進による。
三重塔 - 1627年(寛永4年)再建。高さ25m。
〇東門 - 1634年(寛永11年)再建。
〇絹本著色不動尊像
〇絹本著色仏涅槃図
〇木造愛染明王坐像 - 鎌倉時代作。2011年解体修理時に胎内から合子(ごうす)に納められた愛染明王像(木造彩色、鎌倉時代作)が発見された。
↓重文・南大門(仁王門)
 
 
 
 
 秋葉堂(手前)
 重文・三重塔
 
 
 
 三重塔本尊・愛染明王坐像
 鐘楼
 ↓左・弘法堂、右・明王堂(ウスサマ明王)
 ↓六角堂
 六角堂内の千体地蔵
 左・六角堂、右奥・閻魔堂
 閻魔堂
 左右に居並ぶ十王像
 
 閻魔大王と地蔵菩薩。各種菩薩のうち、地蔵菩薩だけが・地獄の底までやって来て苦しむ亡者を救ってくれるそう。
 奪衣婆。三途の川で・亡者の着物を剥ぎ取る。
 釈迦堂。本堂の向かって右横にある。
 東門にある手水舎。
 重文・東門
 
 
 本堂
 
 本堂から見た境内。右に三重塔、左に六角堂。堂の右にあるのが鐘楼。
 本堂に向かって左側にある・左・白山大権現社、右・弁財天社。
 南大門に戻って来た。
□明治維新時の神仏分離令で無理矢理境内を分けられた「塗部(ぬりべ)神社」。真言宗・密教寺院と神社は神仏習合していた。




 

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