2011年5月5日木曜日

西行の墓の前で

河内南・弘川寺で西行の墓墳を訪ねたときのこと。「西行上人の墓」とかすかに努力の末に読める墓碑の前に立った時、先日今回の旅の車中で読んだ水上勉の「越前竹人形」の主人公・遊女玉枝のことが浮かんだ。その生涯が西行の人生の終焉と重なった。西行は全国遊行の末に晩年敬愛していた弘川寺住職の許に身を寄せて、この寺で二年間ほど過ごしてこの世を去った。玉枝も遊女生活の末に越前南条郡竹神の竹細工職人喜助の許に辿り着いて二年間ほど過ごし、その家の墓に眠った(喜助は玉枝と会いそして死別するまでの二年間だけ伝説的越前竹人形職人と化した)。遊女玉枝の肺結核死は悲劇的に見える。しかし彼女にとってその死は安らかでその生涯はハッピーエンドだった。読む者の心まで安らがせる。西行の死も安らかで、悲劇性は全くない、そう思えた。西行の終焉の地に立て、このような感慨を抱けた吾輩は幸せだった。

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